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『お前、春乃 志津に復讐サスペンス書かせてるってまじ?』
『あー、そうっすね』
『どうした?一作目と全然違うじゃん』
『いや、苦肉の策ですよ。現役高校生の時に受賞して、作家として注目浴びてるのは間違いないんですけど、なんかあの人が持ってくるプロット全部パンチに欠けるんですよね。処女作ほどのインパクトが無いというか』
『あの作品は母親亡くしてる実体験とかも含んでるんだろ。あれ超えるのは無理なんじゃ無いの』
『じゃあもう、同じようなジャンルで勝負しても二番煎じになるでしょ。思いきり題材変えるしか』
『なるほどな』
『……ってのは一つ建前で、編集長の狙いは他にもあるんです。とりあえずさっさと話題性ある作品出して、春乃先生をメディアにばんばん出したいって』
『は?』
『あの人、ぶっちゃけ可愛いじゃないすか。SNSとかで話題になれば、本が面白いかどうか別にして、そこそこ部数は出るだろうという算段ですね』
『え、それ春乃先生OKしてんの?』
『いや?まあでも、そこは上手く言いますよ』
『急に新しいジャンルの執筆させられるだけでも、気の毒なのにな』
『まあ……なんか更なる不幸体験でもあれば、考え直しても良いですけど。それより売れそうなのパパッと先ず書いてもらう方が先生としても儲かるじゃないすか』
『うっわ、最低だな』
『いやいや、これも立派な一つのプロデュース方法ですって』
なんとか提案を受けたテーマでのプロットを完成させて改めて編集部を訪れた時、こっそり聞こえた会話は私の心臓を貫いた。
”パパッと”なんて、私には書けない。気持ちを口にするのにあまりにも時間がかかるから「書く」という行為を挟んで、私は漸く自分を表現できる。
何も、簡単じゃない。簡単じゃないから、私にとって「書く」ことはずっと特別で大切だった。
でもそんな自分の主張は、きっとただの綺麗ごとに過ぎない。どこまでも考えが甘い私の頭にはずっと血が上っているのに、反対に心はどんどん熱を失って、一歩も動けなかった。
なんだ。最初から期待されてるのは、私の言葉なんかじゃない。誰もそんなの、待ってない。
愕然として、その場から逃げ出した。
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