さめないで、ハルノユメ

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 新座さんが笑って私にスマホを差し出す。目線で意図を問えば「俺の宝物です」と補足を受ける。画面に映し出された、古びたメニュー表の裏ページ。書き綴られた全てに見覚えがあった。 【すっかり春めいてきましたね。今日ご紹介するお野菜は「ミョウガ」です。日本生まれのミョウガは、日本の気候で育ちやすいとても優秀な子です。(食用で育てているのは、なんと日本だけ!) ジメジメとした日陰で放置してもきちんと芽が生えるという驚きの生命力を持つ彼らが、夏から秋にかけて美しい花を咲かせることもできる事実を知っている人は、どのくらい居るでしょう。 また、土の上にひょこっと実る様が花の蕾のように見えることから「花つぼみ」とも呼ばれるミョウガは、同時に、土の奥深くまで一生懸命に地下茎を伸ばし続けているのです。自分の努力を決して表に主張しないミョウガの花言葉は「忍耐」。彼らの生き様にピッタリですね。 もっともっと、本当は正面から光を浴びるのに相応しい素敵なお野菜の一つです。このコラムは、私が勝手にスポットライトを用意して、主張の弱い子達だからと脇役で放置せず、主役になり得る魅力をしっかり届ける自己満足の場です。でも、一人でもミョウガに興味を持っていただけたら嬉しいです。(そして是非オーダーしてくれ……と念を込めてます) いつみでは、ミョウガの素材の味を活かした甘酢漬けと、味噌焼きをご用意しています。ぜひ一度ご賞味ください】 「野菜についてすげー語るなこの人、って思わずほっこりしたのともう一つ。「光を浴びるのに相応しい」って言葉。俺は、"彼"にも、もっとスポットライトを浴びてほしかった。でも文芸部に異動になってからは部外者だからと、作品が埋もれていくのを静観していました。もう二度と、才能をみすみす手放して後悔することはしないと誓ったんです。だからこそ気になって、コラムの執筆者を逸見さんに尋ねました」 「父に……?」 「「強面代表」みたいな店長で、最初ちょっと怖かったですけど」  そう言う男は、私の右頬にかかる髪を丁寧に耳にかけながら、目が合うとゆったりと眦を下げる。 『──娘が書いてる』 『そうでしたか、素敵ですね。うちの小説のオススメもしてくんないかな』 『……あんた、出版社の人なのか』 『あ、はい一応。だからなのか、こうして良い文章に出会うと嬉しいです』 『春乃 志津』 『え?』 『娘は、春乃 志津だ』  二人がそんなやりとりをしていたことを、私は勿論知らない。 「春乃先生が、出版社での出来事を受けて実家に戻っていることも話してくれました」 「父が……?」  口数の少ない父は、店に立っても勿論そのスタンスは変わらない。常連さん達は「そこが良い」と言ってくれるけど、私としてはもう少し愛想よくできないのかと思う。でも指摘すればお互い様だと返されて、言い合いは終わらない。そんな父が、自分から新規のお客さんに話を広げる光景を上手く想像出来なかった。
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