さめないで、ハルノユメ

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「会って話がしたいと頼みました。でも逸見さんは、首を縦に振ってくれなかった」 『悪いが、俺は編集者の奴らを信用してない』 『お気持ちはとても分かります。でも俺は、春乃先生の作品をもう一度見たいんです。光を、浴びて欲しい。店長もそう思われる部分があるから、わざわざ俺に話をしてくださったんじゃないですか』 『編集者として本当に娘と仕事したいなら、新座さんの誠意と本気を見せてください。言っとくが、それまで娘に直接交渉するのは無しだ』  何それ、お父さん。私、一回もそんなの聞いてないよ。心の中で文句を言いながら、まだよく展開に追いついてない。油断すれば涙腺が崩壊しそうな予感に、必死に下唇を噛む。 「威圧感たっぷりで凄まれて、これは前途多難だと思いましたけど。まあこっちも負けてられないんで」 「……」 「俺ね、働く時スーツなんか着ないんですよ。でも誠意示せって言われたら、適当な服装で行けないでしょ。毎回、着替えてました」 「……うそ」 「ほんとです。朔さんとの距離の縮め方も模索してたら「僕」とか使う変なキャラ設定になるし。逸見店長は、途中からもはや面白がってるし。あの人タチ悪いです」 「す、すみません」  反射的に謝る。でも頭上でくすりと笑い声が降って恐る恐る顔を上げれば、怒りなんて微塵も無い柔らかな笑顔で迎えられる。 「あれから一年経って。そろそろ交渉するのを許してくれと伝えたら、朔さんが就職すると言い出したと聞きました。ほんと、勘弁してもらえませんか」 「だ、だってずっと昔の夢に縋ったままじゃ居られないと思って。心配や苦労ばかりかけてきた父を、ちゃんと安心させないと。私なりのケジメをつけなきゃ、って」  ずるずると、夢を上手く捨てられない自分ではダメだと何度も言い聞かせた。  だからこの春の佳き日に、──私は夢からちゃんと目覚めて、また新たに芽生えかけた"自分の想い"にもしっかりと蓋をしようとしたのに。
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