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「朔さん。これ預かってきました」
「……え?」
「『今まで妻にも手紙を書いたことが無かった』と、仰ってました」
差し出された封筒に、少し崩れた文字で「朔」と書いてある。お店の帳簿でずっと見ている筆跡と直ぐに重なった。
《お前はいつも、事あるごとに「心配しないで」だの「ゆっくり過ごせ」だの煩い。しかも全く、説得力が無い》
便箋を恐る恐る開くと、開口一番、文句から始まっていて虚を突かれる。どんな手紙なのだろうこれは。「悪かったな」と内心で呟きながらぎゅっと眉間に皺を寄せると、目の前の新座さんが笑った気がする。
《心配くらい、させろ》
父から手紙を受け取ったのは、彼の言う通り初めてだ。あの人は紙でも結局、ぶっきらぼうが伝わる短文なのだと気づきを得ながら、鼻の奥がツンとくる特有の痛みに苛まれる。
『これからはお父さんも私のことは気にせず、ゆっくり過ごしてくれて良いから』
『馬鹿だなお前は』
いつもの父の「馬鹿」は、浅はかな私への叱責じゃなくて。
《娘を心配することは、俺にとって「苦労」や「迷惑」にはならない。だから、お前が本当に大事にしたいものを、追いかけなさい》
――私を応援してくれていた証だったのだろうか。
いよいよ視界の不鮮明さに抗えなくなってきた。ぱたぱたと何度も何度も瞬きをして、私のために父が紡いでくれた文字を必死に追う。
《朔。お前は、俺と志津の誇りだ》
でも、最後のたった一文で、耐えていた全てが決壊した。ぼろぼろと目から涙がはじき出されて止まらない。
親不孝者の私に残されたことは、もう、未練がましく捨てられない夢と決別することくらいだと思っていたのに。子どものように大泣きしているこんなどうしようもない私でも、両親は優しい言葉と共に抱きしめてくれる。
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