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「これ、新座さんが添削されたんですか……?」
「まさか。愛する娘へのラブレターを店長が、俺ごときに見せてくださる筈ないじゃないですか。でも凄いですね。さすがだなあ」
「え?」
「プロの小説家の先生を、こんなに泣かせるなんて」
「ちょっと悔しい」と呟いて私の涙に細指で触れる男は、唇に弧を描いた。
「ありがとう、ございます」
「え?」
「新座さんがきっと、父に手紙を書くの提案してくださったんでしょう?」
「……お二人とも、面と向かっては言えなさそうだし書く方が伝わるんじゃないかなと思ったんです」
いつうちの店に来ても、スーツ姿で、均整のとれた顔立ちに隙の無い笑顔を浮かべていた新座さんは、今日はどこかほっとしたような、柔らかな空気を感じる。促されるように口を開いた。
「あの時、ほんとは、嬉しかったです」
「え?」
「ミョウガ頼んでくれた時。久しぶりに言ってもらったんです。”素敵な文章ですね”って。すっごく、嬉しかった」
「……初対面だし、朔さんに変な印象抱かれないようすげー緊張しながら言ったのに、顰めっ面されて相当凹んだんですけど」
「き、気を抜いたら、泣きそうだったから」
昔から、気持ちを音に乗せることは苦手だ。成長するにつれてそこに「意地っ張り」まで追加されて、自分は随分と可愛げがないことも自覚している。申し訳なくて思わず俯こうとすると、「親子揃ってツンデレ過ぎるな」と揶揄われる。
「……すみません」
「なんで謝るんですか?」
「素直に上手く話せないし、面倒で」
「面倒だと思ったことないな」
「そう、ですか」
「朔さんは丁寧に言葉を選び取る人だから本音を言うまで時間がかかるだけでしょう。待つのは全然苦じゃないです」
真っ直ぐ告げられたことを心で繰り返したら、大好きな人が瞼の裏で微笑んだ。
『得意な分野を見つけて、いっぱい試して、失敗して、繰り返せば良いんだよ。そういう朔のこと、待ってくれる人は必ず居るからね』
もしも、ここに母が居たら、なんて言ってくれただろう。ちょっと自慢気に「ほらね」ってあの人らしく威張られる気もする。力がふと緩むと、余計に我慢できなくなって次から次へと溢れていく涙を止められない。
しゃくり上げて不恰好に揺れる私の肩を、新座さんがまるで大切なものに触れるかのように、そっと引き寄せて抱きしめた。
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