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「朔さん」
「はい」
「手放さずに居てくれた夢を、俺も一緒に抱えさせて欲しい」
──夢から目覚める方法を、ずっと探していた。
「もっとストレートに言います。構想社で、俺と作品を作っていただけませんか」
「私、プロット作るの、凄く遅いです。提出できても、期待とは程遠い内容かも、しれません」
「朔さん。最初から完璧なものを提出されたら、俺が居る意味が無いです」
あの頃の私は、ただ周りの期待に応えたかった。同時に大きな怖さが付き纏う自分を置き去りにしていた。
デビュー作を大切に思えば思うほど、それを超えるものを闇雲に探す日々にとうとう出口は見つからなかった。
「先生の良さを一番出せる作品になるようとことん磨いていくのが、編集者の仕事ですよ」
「……知らなかった、です」
ただ涙を垂れ流すと、やれやれと肩をすくめる新座さんは「どんなクソ編集者だったんだよ」なんて荒い言葉を吐き出してまた私を強く抱き締め直す。
お店に来ていた時には聞いたことのない口調にまだ慣れなくて、簡単に心臓が鳴った。
若かりし頃に抱いた夢なんて、きっと叶わないことの方が圧倒的に多い。
特に春に見る夢は、遥か昔の時代から儚く散っていくことの典型だと。私には才能が無かったのだと、いくら言い聞かせても――どうしても、忘れられずにいた。
「今まで、よく一人で頑張りましたね。色んな感情を経験した今の朔さんだから、書けるものがきっとあります」
「……や、野菜のことしか書いてませんが」
「上等じゃないですか。どうせだったら野菜が出てくる話、企画会議で出しましょうか」
「どんな話ですか」
「なんだって良いんです。朔さんが書きたいと思うものが欲しい」
「……、」
「貴女と、貴女の言葉を絶対に傷つけないと約束します。だから、俺にチャンスをください」
この人は、私の回りくどくて、生まれるまで時間のかかるどんなに難儀な言葉でも、一緒に大切にしてくれるらしい。
「はい」と涙に濡れた鼻声でなんとかそれだけを伝えると、ぼろぼろの私の顔を覗き込む新座さんは嬉しそうに笑う。
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