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「だからとりあえず、アイスいっぱい買いましょう。店長へのせめてものの償いです」
「は、話が見えません」
「さっき、店長にもメールで企画会議のご報告をしたんです」
《色々とご尽力賜り感謝申し上げます。引き続き、どうぞよろしくお願いします》
新座さんが見せてくれる画面に、父の固い言葉が紡がれている。ただ見つめていると、スクロールされて下の部分が映し出された。
《今日は、早めに店を閉めて常連の皆さんと飲むことになった。多分、家に帰るのは朝になる》
「……え、そんな話聞いてないです」
思わず感想が漏れると、笑う新座さんが次を見せてくれる。
《だから、娘が夜のうちにちゃんと帰ってるかは今日は確認出来ない。あと余談だが、俺はアイス最中が好きだ。朔に、さっきスーパーへ買いに行かせた。新座さんが来てないか、店まで見に来たりして暇そうだったから》
全て読み切って、最後の余計な一文を嘆きながら、また顔に熱が集まってくる。私の様子を終始楽しそうに見ていた男が愉悦の解けた表情と共に頬を丸く撫でた。
「朔さんに何も言わず、いつみに勝手に行くわけないでしょう。可愛いことしますね」
「……馬鹿にしてますよね」
「いや?可愛い」
会話が全く成立していない。苦い表情になる私の側でさっきからずっと楽しそうな男にいつか一泡吹かせてやりたいけれど、私には一生難しそう。
「新座さん」
「はい?」
「春乃 志津という作家は、新座さんに出会えて本当に良かったです」
「……そう思ってもらい続けられるよう、俺も頑張ります」
驚いたような顔をした新座さんは、どこか泣きそうな表情になった。そんな様子に私もまた涙腺を刺激される。そして、男の手を取って恐る恐る指先を絡めながら「あと」とまた言葉を繋げた。
私は言葉を音にするのがとても下手だけど、これだけはちゃんと、言っておかなければ。
「逸見 朔としても勿論いつも、思ってます。わ、分かりづらいかもしれませんが、私は千萱さんがすごく好きです」
「好き」と面と向かって伝えたことが無かったと気づいて、勇気を振り絞ったけれどこれはとてつもなく恥ずかしい。
限界を迎えて、近くのアイスを沢山カゴに入れてレジへと方向転換しようとすると、あっさり後ろから伸びてきた手に捕まった。
「逸見 朔、こわいな」
「……こわいとは」
「可愛さに際限が無くて怖い」
なんて台詞をサラッと言うのかと後ろを向けば、待ち侘びていたかのようにほんの一瞬唇に噛み付かれる。
「!?」
「朔。今日実家にアイス置いたら、そのまま俺の家ね。覚悟しといて」
いつの間にか私からカゴを奪った男は愉しそうな笑顔と若干不穏な言葉を残して、レジへと軽快に向かって行った。
fin.
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