さめないで、ハルノユメ

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──今の私が、常連の男や父曰く"愛想が無い"という括りになるのならば、昔の私はそれ以上に誰かと話をするのがとにかく不得手だった。幼い頃特有の人見知りと言えばそうなのかもしれないけれど、友人との関係をスムーズに築けないことは大きな悩みだった。 『朔。これ、朔が書いたの!?』 『……うん』  小学一年生の夏休みだった。私が部屋の机に出しっぱなしにしていた読書感想文を見つけた母が、原稿を持ち上げて目をまんまるくしていた。 『朔がこの小説を読んでどう思ったのかすっごくよく分かる……!お母さん感動しちゃった』  こちらへ駆け寄ってきた彼女は、るんるんと弾んだ言葉と共に強く私を抱きしめる。無条件に与えられる温もりのことを、他の誰でもなくこの人が一番教えてくれた。 『主人公と同じ気持ちになって怒ったり泣いたり、喜んだりできるんだね。朔は本当に優しいねえ』 『……でも、学校だと、いつも上手く出来ない』 『そっかあ』  友人を前にすると、緊張や焦りから余計に言葉が音にならない。強張った表情のままに固まってしまう。感情の読めない様子から、相手を苛立たせたり不審感を抱かせることもあって、「自分はおかしいのだ」と分かってきてしまった。 『何にもおかしくない。朔は、自分の心といつも丁寧に向き合ってるから、それが表に出るまでちょっと時間がかかるだけ』 『どうしたら、速くなる?』 『朔。出来ないことに負けないで。相手に伝えたい気持ちがある時、朔には"書く"、があるでしょう?得意な分野を見つけて、いっぱい試して、失敗して、繰り返せば良いんだよ。そういう朔のこと、待ってくれる人は必ず居るからね』  言葉を紡ぐことは好きだった。感想文だけじゃなくて、日記やちょっとしたおとぎ話。自分の中にあることを綴るのは、いつだって自由で、際限がなくて楽しい。 『え、これ朔ちゃんが書いてくれたの??』 『手紙なら、私でも沢山おしゃべり出来る気がしたから。いつも黙っちゃう時があってごめんね』 『ありがとう、すごく嬉しい。お返事書くね』  私が書いたもので、誰かが喜んでくれる瞬間は何にも代え難い喜びだった。幼いながらに、強力な味方を得られたように思った。 『起きたら枕元にお手紙あったんだけど〜〜!!!?』 『今日、母の日だから』 『こんな愛のこもったラブレター初めてもらった、うちの娘天才なのかな』 『お母さん、苦しい』 「もう良いよ」ってこっちから離れるまで、母はいつも強く抱き締めてくれた。口下手な私が気持ちを伝えるための回りくどい方法を、いつでも真っ直ぐに受け止めてくれる人だった。    
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