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プロローグ
僕の名前は因幡一郎。僕には今、赤阪翔という彼氏がいる。
僕らの出会いは、僕も翔もまだ小学生だった時に遡る。僕が翔に出会ったのは、僕が小学校一年生、翔が小学校二年生のときだった。僕らは同じ学校ではなかったが、同じ水泳教室に通っていた。
僕はずっと水泳が苦手で、幼稚園のプールの時間になるといつも逃げ回っていた。でも、小学校に上がってまで泳げないというのは、体育の授業でも困ることになる。だから、両親が僕を水泳教室に通わせることにしたのだ。
一方、翔の方は僕が水泳教室に入った時には既に上級クラスにいて、小学校に入学する前からずっとここに通っていた。
僕と翔。僕ら二人の唯一の接点は、「この同じ水泳教室に通っている」ということだった。そんな接点のほぼない二人。にもかかわらず、僕は、はじめて翔を見た時からずっと彼から目を離すことができなかった。翔は、水泳教室に通う子どもたちの中でも群を抜いて容姿端麗だった。
「かわいい」
僕は翔を見た時、彼より年下のくせにそう思った。しかし、翔が一度泳ぎ出すと、その姿は美しかった。
「かっこいい」
僕は翔に対してこの二つの感覚を覚えた。僕は翔をずっと目で追い続けた。
更衣室での着替えの様子がまず、何よりも気になる。内気で引っ込み思案な僕に対して、翔は社交的だった。他の子どもたちと打ち解け、いつも楽しそうに友達とはしゃぎながら服を脱ぐ。その姿に、僕の胸の鼓動は高鳴った。みんなで準備体操をしているときも、僕はずっと翔を見つめていた。
その感覚がなんなのか、その当時、僕にはわからなかった。ただ、この感覚を誰かに話すのも、なんなら誰かに僕が翔をずっと気にしていることが知られることですら恥ずかしいという感覚があった。
でも、小学生の時、僕が翔とそれ以上の関係になることは一度もなかった。僕らは言葉を交わしたことすらなかった。
翔は、小学校卒業と同時に水泳教室を辞めた。中学校に上がれば水泳部がある。小学校高学年の頃には小学生の大会に何度も出場し、トロフィーや賞状を獲得していた翔は、きっと中学校でも水泳部に入ったのだろう。一方、運動が苦手な僕は、水泳を多少はできるようになったものの、何年水泳教室に通ってもあまり上達しなかった。
それでも水泳教室を何年も続けた理由はたった一つ。水泳教室に行けば翔に会えたからだった。
でも、翔が辞めてしまってからはその唯一の理由がなくなってしまった。ただでさえ、水泳が得意でも好きでもなかった僕は、翔が来なくなると同時に水泳教室に通う気力が失せてしまった。そのまま、翔を追うように僕も水泳教室を辞めた。
それからというもの、僕らは何の接点もなく生きて来た。
翔はきっとあの後、中学校の水泳部で大活躍したのだろう。社交的で友達も多かった翔は、学校でも人気者にだったに違いない。
それに対して、僕の内気な性格が直ることは、小学校を卒業するまでついぞなかった。僕は休み時間になると一人、図書館で静かに本を読んで過ごした。友達にもあまり馴染めず、クラスの中でも目立たない子どもだった。
僕の居場所は小学校時代どこにもなかった。
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