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優大と過ごした思い出や時間の全部を、あのときの温度のまま、大切にしまっておきたかった。思い出したくない、苦い過去などではなく――だって、たった一つの、この気持ちを教えてくれたのは優大で、それは私にとって初めてで、すごいことだったのだから。
――辛いね、せっかく芽生えたその想い、まどかちゃんはこれから抑えて生きていかなきゃなんない。ずっと。でも、忘れる。忘れるよ、いつかは。時間ってそういうものだから。
智秋さんの言葉を思い出す。
痛かった。
息苦しかった。
好きなんだと、気がついたとき――。
でもね、智秋さん。せっかく芽生えたこの気持ち、忘れたくはないよ、痛みも全部。どんなに時間が経っても。
コンビニで缶ビールを買って、すっかり緑が深くなった桜の木を見上げる。黒い空の向こうに、突き抜けるように爽やかな朝がきっと待っている。そう思うと、明日「おはよう」って元気に言える――そんな気がしてプルタブを引くとプシュッとはじける音がする。
バスを一本見送って、もう少しだけ、あのときによく似た優しい雨を眺めていた。
《了》
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