Nuisance

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Nuisance

   月曜の朝は、いつも少しだけ億劫だ。  “また一週間始まるのか…” みたいな学生や会社員と同じ気持ちになる。俺の平日はかなりのハードスケジュールだ。これがまた始まると思うと、少しテンションが下がる。  だから、月曜だけはいつもよりも早めにエリカに“おはようLINE”をする。すぐにエリカからの返信が来て、元気が出る。それで自分を奮い立たせているのだ。俺って単純だなとつくづく思う。  予備校に到着し、俺は自分の席に着いた。すると、先生が一人の女性を連れて俺の元へやって来た。 「今日から一緒に勉強することになった菊地さん。松下君の席の隣になるから、いろいろ教えてあげて。」  新しい仲間が増えた。この中途半端な時期に?と思ったが、何か事情があるのだろう。深掘りしないでおこうと決めた。 「松下君っていうんだね、よろしく。」 「ああ、よろしく。」 「ねえねえ、松下君は下の名前、何ていうの?何て呼ぼっか。」  いきなり初対面でそれ?俺は少し引いた。 「ラン。」 「へぇー、素敵な名前。じゃあラン君って呼ぶね。私はアヤ。あーちゃんって呼んでね。」 「……どうも。」  典型的なアピール女。ホストクラブにもこの手の女はよく来る。客として対応するなら全然平気だが、ホストモードでない時には、普通に苦手なタイプ。 「ラン君って何歳?」 「21。」 「え?じゃあ三浪?」 「違うけど。」 「受け直し?」 「まあ…。」 「21かぁ。私は19。ちょうどいいね。」 「何が?」 「歳が近いから、ちょうどいいねって。私たち、お似合いかな?」  この人は急に何を言ってるんだ…。俺は思いっきりスルーした。    午前の授業が終わり、昼休憩の時間になった。俺はいつものように自分の席で弁当を広げて、一人で食べようとしていた。 「ねえねえラン君、一緒にランチ行こ!」 「俺、弁当あるから行かない。」 「え?お弁当?見せて!」  そう言うと菊地さんは勝手に俺の弁当の蓋を開けた。 「うわぁ、美味しそう!これってお母さんの手作り?」 「母さんは俺が高校生の時に死んだ。」 「あっそう。そうなんだ。じゃあ、誰の手作り?もしかして彼女とか?」  母さんの話を勝手にそっちが振っておいて、“あっそう”はないだろ。普通ならそこはごめんとかじゃないのか?段々この人に腹が立ってきた。 「彼女とは一緒に住んでないから手作り弁当は無理。俺が作ってる。」 「え?ラン君お料理も出来るの?スゴいスゴい!こんなにイケメンでお料理が得意って、ポイント高すぎでしょ。……ってか、彼女いるんだね。どんな人?」 「菊地さんには関係ない。」 「ラン君が選ぶ人だから、きっと可愛いんだろうなぁ。もぉ、何だか嫉妬しちゃう。」 「その話やめよう。俺、メシ食いたい。」 「ねえねえ、彼女いくつ?同い年?それとも年下?気になるぅ。」 「なぁ、もういいだろ!5つ上。俺、充分喋ったからもう終わり。」 「え?……年上?意外だね…。5つも年上の人とどうやって知り合うの?きっかけは何?あ、わかったー。彼女強引な性格で、ラン君断り切れなかったんでしょー!」  ヤバい。爆発寸前。 「お前な、いい加減にしろよ!エリカのことはどうだっていいだろ?お前には関係ねぇんだよ!」  俺は苛立ちを抑えきれず、声を荒げて立ち上がった。その場に居た全員が一斉に俺の方を見た。俺は我に返って、また座った。 「へぇ、彼女、エリカっていうんだ。ふーん。ラン君って正直者なのね。そういうところ、かわいい。」 「つーか、お前ここに何しに来たんだよ。勉強しに来てんじゃねぇのかよ。」 「前の予備校の先生と合わなくなって、こっちに移ってきた。こっちなら楽しくやれそうな気がする。ラン君とも出会えたことだし。よろしくねー。」  菊地さんはそう言って教室を出て行った。  波乱の月曜となった。完全に調子を乱された。これからこれが毎日続くと思うと憂鬱だ。  午後の授業が終わり、今日の分の予備校は終了。次は仕事だ。 「ねえねえラン君、LINE交換しよ!」  またこいつか…。今日会ったばかりなのに既にうんざりだ。 「俺LINEやってない。」 「今どきそんな訳ないでしょ。教えてよ。」 「ホントにやってないから無理。」  俺は嘘をついた。どうしてもこの人には教えたくなかった。 「じゃあ番号教えて。」 「俺、自分の番号覚えてない。」  すると菊地さんはノートの切れ端に自分の番号を書き始めた。 「はい、これ。私の番号。いつでも連絡して。夜中でもちゃんと出るから安心して。」  菊地さんの番号が書かれた紙を無理やり手渡された。仕方なく俺はそれをポケットに入れた。 「じゃあさ、一緒に帰ろ!」 「俺これから仕事だから無理。」 「仕事?これから?あ、夜バイトしてんの?居酒屋?」  俺は溜め息と共に、菊地さんをスルーした。 「何ていうお店?私、毎日行く!」 「来られるの迷惑だからやめて。」 「もぉ、照れないで。ねぇ教えて。」 「俺もう行かないと間に合わない。じゃ。」  俺は走ってその場を離れた。久々に全力疾走レベルの走りだった。  全力で走ることよりも、菊地さんと会話することの方が何百倍も疲れる。誰か助けてくれないかな…。  翌日。予備校へ向かう俺の足取りは重かった。溜め息が山ほど出る。せめて席替えして欲しい。  教室に入ると、菊地さんは何事も無かったかのように、昨日と同じテンションで俺に話し掛けた。俺は適当に返事をしたり、あからさまにスルーしたりを繰り返した。俺が迷惑だと思っていることに何故この人は気付かないのか…。その鈍感力、ある意味尊敬する。  昼休憩になると、菊地さんはコンビニ弁当を広げ、俺の隣で食べた。食事中も菊地さんは俺にひたすら話し掛けるが、俺は全てスルーした。  俺は気付いた。  この人はエリカと真逆な人だと。  授業が終わった。また一緒に帰ろうと誘われるのが嫌で、俺はすぐに教室を出たせいか、菊地さんは後を追いかけてくることはなかった。これで安心して仕事に向かえるとホッとした。  その日の夜。いつものように接客をしていた。今日は珍しく新規の客が入ったようで、俺は少し張り切っていた。  その新規の客の元へ向かった。  俺は目を疑った。  菊地さんだった。 「菊地さん、何で?」 「ラン君がどこで働いているか教えてくれないから、今日はラン君の後をつけてきちゃいましたー!」 「は?意味分かんねぇ。何でこんなことすんの?ってか、どうやって予約とったの?」 「さっき店の前に居たらこの店のホストに声かけられて、5分でいいからラン君と会わせてってお願いした。その代わりにそのホストを指名するってことでOKしてもらったの。」  そう言って菊地さんは、奥にいた新入りホスト二人組を指さした。その二人組は周囲からも評判が悪い奴らだった。 「今度はちゃんとラン君を指名するね。」 「もう二度とここに来るな!」 「どうして?客に向かってそんなこと言うの?ラン君。」 「ここは菊地さんが来るような所じゃない。頼むから本当にやめて。」 「うーん…、分かった。ここで働いてること、予備校には言ってないんでしょ?じゃあ、二人だけの秘密ね。約束するから。」  菊地さんは二人組の元へ行き、三人で店を出て行った。  昨日、今日と、とんでもない展開になっている。自分のペースが乱されて、頭がおかしくなりそうだった。  嗚呼、早くエリカに会いたい。  そしてすぐにエリカを抱き締めたいのに。
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