Jealousy

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Jealousy

   やっと金曜だ。今週はやけに長く感じた。その理由ははっきりと分かっていた。絶対にあれしかない。  この後エリカに会える。いつも以上に心躍る自分がいた。エリカに会えることがこんなにも幸せだったなんて。もちろん毎回エリカに会えることは楽しみだったが、今回の件で身をもって感じた。  エリカのオフィスに着いた。車を路駐させ、エリカが来るのを待つ。早く会いたい。まるで子どものように、ワクワクドキドキしていた。エリカが助手席に来たら、きっと周囲の目も気にせずに抱き締めてしまうかもしれない。今の俺なら充分あり得る。  オフィスの自動ドアが開いた。エリカの姿が見えた。俺は助手席側の窓を開け、エリカに向かって軽く手を挙げた。その時、  見知らぬ男がエリカを引き止めた。  誰なんだ、あいつ…。  エリカが明らかに困惑している。俺の方をチラチラ見ながら、あたふたしている。良い状況ではないことはすぐに分かった。  すると、その男は俺を指差した。俺にケンカ売ってるのか?俺はその男を睨みつけた。  一瞬その男が俺を見てニヤリと笑ったように見えた。俺の苛立ちを掻き立てた。  次の瞬間、衝撃的な光景を目の当たりにした。  あいつがエリカの肩に手を回し、エリカを抱き寄せた。顔を近づけて、エリカにキスしようとした。  何なんだ、これは一体…。俺は何を見せつけられているんだ?これはどういう状況なんだ?全く把握出来ない。これは夢なのか?  エリカはあいつを突き放し、俺の車へ走って来て、助手席に飛び込んできた。俺はあいつを更に睨んだ。あいつも俺を睨んでいた。  あいつ、エリカのことが好きなんだ。俺はそう悟った。  俺のエリカに気安く手を出しやがって…。俺の苛立ちはマックスだった。感情をコントロール出来なくなった俺はアクセルを強く踏み込み、車を走らせた。 「ねぇラン、今日は、どこ…行く?」  エリカが俺に問いかけた。しかし、それよりも、あいつを許せない気持ちでいっぱいだった俺は、エリカに返す言葉も出なかった。  しばらくの間、ただあてもなく車を走らせるしかなかった。どうしていいか分からない複雑な感情がぐるぐると俺の中を回っていた。どいつもこいつも、ここ数日で俺を振り回して何が面白いんだよ…。  時間が過ぎても、あいつの存在が気になって気になって、しょうがなかった。 「あいつ、誰?」  エリカは、ただの同僚だと言ったが、やはり許せない気持ちのままだった。エリカが悪い訳でもないのに、俺はエリカに対してひたすら冷たい態度をとった。 「ねぇ、ちゃんと言ってくれなきゃわかんない!」  エリカが俺の真っ正面に感情をぶつけてきた。 「俺だってわかんねぇよ!」  俺もエリカに感情を思いっ切りぶつけた。そして、エリカの右手を強く握り締めた。得体の知れない感情に支配された俺は、俺じゃなくなっているのかもしれない。  赤信号で車を停めた。俺は居ても立ってもいられず、夢中でエリカとキスをした。周りにたくさんの通行人がいても全く気にせず、むしろ見せつけるつもりだった。エリカは俺のものだと言わんばかりに。 「私は、どこへも行ったりしないから。」  エリカが落ち着いてそう言った。そして俺を見つめた。エリカの真っ直ぐな瞳に、俺のぐちゃぐちゃだった心は洗われた。    ここで俺は気が付いた。  これが、嫉妬なのか…。  初めて味わうこの感情が、嫉妬だったなんて。  これまでも、嫉妬に狂った人を俺はたくさん見てきた。ホストクラブの先輩、客、間近で見ていて俺は正直そんな人たちを“みっともない”と心の中で軽蔑していた。それが今は、俺自身が“みっともない”姿になっていたのだ。  でも、嫉妬なんて、人間ならば多かれ少なかれ必ず抱く感情なのだと知った。今まで俺に経験が無かっただけで、きっとこれからもまたこんな気持ちになることがあるのかもしれない。 「うん、わかった…。」 「私を信じてよ。」  俺はエリカの右手を更に強く握り締めた。外野なんかに振り回されてはいけない。大事なのは自分の気持ちを強く持って、それを貫き通すことだ。俺はもっと強くならなくてはいけない。  そして、  エリカを想い続ける。この先もずっと。  「ねぇ、ラン、今日ウチ来ない?」  エリカが俺を誘ってくれた。エリカの家に俺が足を踏み入れることを許された。  ……ってことは、  そういうことでいいんだよな……。 「エリカの家?いいの?」  エリカは手料理を振る舞うと言った。この上ない喜びに、一気にテンションが上がった。さっきまでのどうかしていた俺は、もうそこには居なかった。  俺たちは食材を買いにスーパーへ行った。カートを押す俺の隣にはエリカがいて、二人でゆっくり歩くこの感じがたまらなかった。同棲したらこんな感じで毎日過ごせるのかな。……なんて、一人で勝手に考えた。  この光景を、ある一人の嫉妬に狂った男に見られているとも知らずに……。  エリカのマンションへ着いた。俺は何故か少し緊張していた。もしかしたら、エリカも俺のマンションに初めて来た時はこんな気持ちだったのかもしれない。  エリカは俺に、何もせずに座って待っててと言った。その言葉に甘えて、俺はソファーに座ってゆっくりしていた。  エプロンを身に着け、長い髪を束ねるエリカの仕草にグッときた。こんなエリカを見ることが出来るのは、俺だけなんだ。俺だけに許された特権だ。何だか優越感に浸れた。  今日は俺の好きなトマトパスタを作ってくれるという。本当は、一番好きなものはオムライスだが、あのお店のオムライスには敵わないとエリカが謙遜し、トマトパスタに決まった。でも、いつかはエリカのオムライスも食べたい。絶対にその夢を叶えてみせる。  キッチンから美味しそうな香りがしてきた。俺はエリカの隣へ行った。何か手伝おうかとエリカに尋ねたが、エリカは要らないと言った。またソファーでゆっくりしていようと思ったが、キッチンに立つエリカがあまりにも魅力的で、たまらず俺はエリカを後ろから抱き締めた。 「ラン、どうしたの?」 「ごめん。なんかわかんないけど、こうしていたい。」  エリカは俺だけのもの。誰にも渡さない。そんな想いが今まで以上に膨れ上がった。  俺のせいで少し焦げたトマトパスタを、俺は美味しくいただいた。あんな状況でもちゃんと仕上げてくれたエリカは天才だ。最高に美味しかった。  それから俺たちは二人でソファーに並んで座り、語り合った。話の流れが、樹海で出逢ったあの日のことになった。  俺があの日、どんな思いで樹海に向かったのか、エリカと出逢ってからどんな風に気持ちが動いたのかを全て話した。エリカは俺を真っ直ぐ見つめて黙って聞いてくれた。 「おかしいだろ、俺。あんな短時間でこんな気持ちになるなんて。どうかしてるよな。」  エリカが俺の肩にもたれ掛かった。 「おかしくないよ。私たち、こうやって出逢う運命だったんだって、私信じる。」    エリカの言葉を聞き、俺にはもう迷いは無かった。  意地を重ねるのはもう終わりにしよう。  エリカは俺の一番大切な人。間違いない、俺の彼女だ。絶対に失いたくない。だから、  エリカが俺の前から消えてしまわないように、俺がしっかり掴まえてるから。  俺が、エリカを守り抜く。  俺はエリカにキスをした。何度も何度も、甘く濃厚なキスを繰り返した。  そして俺は……    エリカの全てが欲しくなった。  
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