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社長が勝手に契約してしまった巨大冷蔵庫は、社員たちも興味津々であるようだった。肌寒くなってきたこの時期、夏場ほど冷蔵庫を使う機会もないのに何故このタイミングで借りてしまったのやら。
黒だと威圧感あるねーとか。俺の背よりでけー、とか。社員たちが時々感想を漏らしているのを、私はちらほらと聞いていた。
「あ」
入力業務をしていると、机の下でぶぶぶぶ、とバイブが振動する音が。私はこっそりとバッグの中からスマホを取り出した。ゆるゆるの職場なので、仕事中にちょこっとスマホを見るくらいなら誰にも咎められない(その割にやたら仕事量は多いのだが)。こっそり画面を除くと、彰人という文字が。
『綾香ちゃん、こんにちは。今仕事中?なんとか、綾香ちゃんが欲しいって言ってたバッグ買えたよ!だから俺のこと嫌わないでくれると嬉しいな。また今度会える?ごはん奢るから』
相変わらず、人が良いだけの馬鹿な男だ。自分の給料三か月分のバッグをおねだりする女を相手に、まったく疑いもしないのだから。
きっと私が、大手証券会社の営業をやっている、という嘘も未だにまったく疑っていないのだろう。本当は小さな印刷会社の派遣事務員でしかないというのに。私に釣り合う男になろうと、嫌われまいと必死の子犬。なんともかわいげのあるペットだ。
『ありがとー、嬉しー!じゃあ、リーズン堂のステーキがいいな。あそこのお肉絶品なのよね!ほんと愛してるわ彰人!』
私はそう返信すると、顔がにやつかないように気を付けながらスマホをしまった。リーズン堂は、ステーキハウスの中でも最高級の店だ。今頃スマホの向こうで青ざめながら、どう貯金を崩すか計算を始めているところだろう。プレゼントのバッグも、どうせすぐ売り飛ばされてしまうなんてことも知らずに憐れなことだ。
――顔がちょっとイイだけのお人よしがさ。私みたいな美人と付き合えるだけ、有りがたいと思いなさいよー。
もう少ししたら、結婚したいとでも言いだしてくるだろう。そうしたら潮時だ。
お金が弾き出せなくなったATMに、用なんてないのだから。
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