汚点

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汚点

今回は普通じゃない 俺たちの関係は既に 普通ではないのだから仕方がない 会っていないのは最近ではない 数年前から・・・ 俺たちが会えていないのは 二年どころではなかった 只々、社会人になって忙しいからとかではなく それなりの 理由があるからだ こんなものが届いたことが異常なんだ 不思議なものだった 本当に 異常だな だって 奴は 俺の元カノと結婚するのだから 元カノ と言っても その時点では “元”なんかではなく 俺の彼女と交際し おそらく今まで付き合いを続けて 結婚に至ったのだろうから 俺は思う どうしてこの結婚式に呼ばれたのか? しかも 前もって話もなく 急にこれが送られてきたのか? 喧嘩売ってんのか? バカにしてんのか? それとも あいつらが バカなのか? 【俺の妄想】 結婚を決め どういういきさつでプロポーズをしたのかは知らない ま、あの頃から付き合っているなら 長いだろうから そんなにロマンティックな状況でそうなったわけではないと思う きっかけとして思いつくのは・・・ 続々と結婚していく友人に影響されたか? 親に諭されたか? 子供ができたか? そこは正直 マジで分からない でも 二人は結婚を決めた 両家親族はいつから知ってたのかな? よくある様な 「お嬢さんを僕と結婚させてください」 ヤツは礼儀正しいから 奇麗なお辞儀と同時にそう言うだろうな・・・ でも 相手は久実の両親ではない 久実は小さな頃から祖父母と暮らしている 両親は久実が生まれてすぐに離婚した 離婚までの話は家族にとってシリアスすぎて 祖父母からは聞くことは無く 少しずつ周りの大人たちの会話だったり 断片的な彼女自身の記憶から 推測されたようなもので 本人にとっても曖昧なものだった 両親は学生結婚で 出産のため久実の母は大学を中途退学し 将来の夢も諦めたらしい 父親は 学生を続けながら 久実の実家にマスオさん状態となり久実の祖父母に養ってもらっていたらしい それが 二人の結婚する条件だった “男は 嫁と子を養っていかなければならない だから しっかり学び 留年せず ちゃんとした職に就くこと バイトをするくらいなら その時間は父親として家に居なさい それを保つために 就職するまでは家(久実の実家)に住まいなさい 生活費や学費はうちが全部もつ“ 父親側の両親は何と言ったかは知らない しかし そういった結婚だったのは間違えなかった そして 約束通り 父親が留年せず大学を卒業し 就職 それから半年たち 三人は実家を出る 父・母・久実の生活が始まったらしい しかし それは幸せだったのかは 幼すぎた久実には分からなかった と、いうかよく覚えていない 深く記憶に残るのは 久実が小学校に上がるときだった その日 祖父母にランドセルを買ってもらったお礼を言いに行くのだと思っていた それにしては やたらと荷物が多かった 父親は 数ヶ月まえから 母のいない日や時間を選ぶように帰って 少し遊んでくれて 一緒にご飯を食べて・・・また出て行く日が続いていた 仕事が忙しい人なのだと思っていた 思い返せば 三人で過ごしたのはかなり昔で よく考えると、しっかりと思い出せるほどの記憶にはなかった 若かった母は久実を祖父母に荷物と彼女を預けた 大人同士の会話の中には入らないように 祖母が公園に連れて行ってくれて 1時間くらいして 祖父母の家に帰ると 母は門を出てきたところだった 無言で母は久実を見た その時 久実も小さいながらも この異変に気が付き 母にすがるようにヒラヒラとしたスカートをギュッと掴んだ すると母は 優しく 両手で久実の小さな手を握った 久実は嬉しくて母の顔を見てにっこり微笑むと 母は無表情でそれを払いのけた 小さな久実の中に “失う” 現実を見た 母の手から剝がされるように払われた自分の手を見て 悲しかった でも最後に久実に映った 母の赤い口紅は美しかった その唇は最後に 「元気でね」 と、言い残し 去っていった 久実はその後の記憶がほとんどない “たぶん 泣いたと思う でも 直ぐに泣き止んだと思う だって 祖父母に迷惑な子だと思われたら もう居場所がなくなるから・・・” 久実はその日の事を よく話していた 久実にとって その日のその悲しさは デートしてても 映画みてても 授業うけてても 友達とはしゃいでても 俺といても いつでも頭のどこかにこびりついている焦げのようなもので 剥がそうとしても剥がそうとしても こびり付いていて だから それが他には見えないように 隠してた いつも元気で 大きな声で笑って 全力で毎日楽しみを見つけてははしゃいでた だから 友達も多かった ちょっと勝ち気で我儘なところがあったけど それ以上に笑顔が可愛くて 楽しい子だったから でも時々 俺には話してたな・・・ いつもではないけど 気持ちが落ちる日があるんだろうな・・・ 俺には予測不明だった 話すことはだいたい同じような話だけど 何度も何度も話して 泣いていた そんな日は まるで小さな子供みたいに ヒクヒクと肩を揺らして いつもの久実とは違ってた 俺は抱きしめて 背中擦って 言葉なんて出なかった 中学生や高校生のガキには どう考えるべきかも分からない内容で ただ 久実が大きな悲しみと生きている事だけが分かって そんな彼女に 寄り添う事しかできない無力な俺だった はじめてのキスは 久実がそんな一面を俺に見せてくれた日だった ほおっておけなかった ギュッと抱きしめるだけじゃ 壊れてしまいそうで 儚く見えて 涙を拭きすぎて目の下がピンク色になっているのが 可愛らしくて 気が付いたら唇を合わせてた 凄く長い時間に感じたけど たぶん20秒くらい 柔らかくて 久実の熱が伝わってきて それが俺にとってスイッチで 俺にとって久実はそれまで以上に大切な存在になった あの日 あの時のドキドキと 心の奥から湧き出てくるような “守りたい” という勇気の様なものを今でもしっかり覚えている “男”になれた気がした 俺の腕の中で泣いている久実は 本当に悲しい子で可愛らしかった でも ひとしきり泣くと 急に俺を突き放す様に離れて ニッコリまた笑顔になった 猫みたいに気紛れにも見える切り返しに 俺はいつも戸惑った 急に ちゃんと元通り 笑えるようになるんだもんな・・・ 俺ってあいつのカウンセラーみたいだな 久実があんな風に最後に泣いたのは 高1のはじめだった 久実を捨てた母親は 久実を手放してすぐに 再婚していたことを知ったらしい そして 久実には父親にの違う兄弟がいることも 知らされたらしい 「私の半分兄弟 男の子なんだって 二人いてね 一人は2つ下 もう一人は3つ下 年子だってさ 私と離れて 続けて産んだんだろうね 凄いよね あの人・・・ 今はとっても いいお母さんしてるんだって 二人の男の子は 知らないんだろうね 一度、子供を捨てた女なんだって事 そんな事が出来る女なんだって事 ・・・会う気もないし 知らせる意味もないから しないけど そんな女を母親に持って しかも “愛されている” “幸せな家族” だなんてマジで信じて生きてる おめでたい人たちなんだよね とっても可愛そうにも思えてくる 知らぬが仏ってこのことだね あ~ばからしい」 久実は強がった だけど 一筋 頬に涙が流れた それが 真っ赤な夕日に反射する様に 光った 久実が言った言葉は意地悪で 顔だって険しく でも皮肉な笑顔で 誰が見ても 美しくはなかった だけど 全てを知っている俺にとっては 悲しく見えて その涙も表情も言葉も 全て愛おしかった 美しかった その日から 久実は少しだけ強くなった 弱弱しく泣くこともなくなり 二人でいてっも 笑顔が多くなった だけど 母の最期に感じた匂いは 久実にとってトラウマで かすかに爽やかな柑橘系の香りがしたらしく 母は、香水なんてつけたことがなかったと思う 最後に匂ったのは もしかしたら 母の再婚相手の香水の香りだったのかもしれない だから メンズの香水が香ると 吐き気がすると 言っていた だから俺は モテたい年ごろの男連中の中で香水が流行っても 香水はつけたことがなかった 今も会ってないのかな? 久実のお母さんやその家族に・・・ 少し気になる ま、そんな事もあった久実だから 久実が結婚相手を連れて行っても 俺は祖父が簡単にはその申し出を受け入れることは無い気がしている 娘の結婚時のリベンジがあるからだ だから 強めな口調で 「ダメだ」 しかし あいつだって 久実の事情は十分に知って入るはずだから 用意周到 直ぐに折れたりしないだろう 「幸せにします」 ストレートな言葉が 若さと誠実さをみせつける しかし お祖父さんはまだまだ険しい顔つきで 「その確証はあるのか?」 そう尋ねると 冷静に 冷静に 緊張を隠す様に ゆっくりと話し始める 「・・・はい 今までずっと久実さんの事を大切にしてきたし その気持ちが変わったことはありません だから・・・だから・・・ これから先の人生も この気持ちが変わることは無いと確信があります 僕は、彼女の全てを好いています」 お祖父さんは 少し顔を緩ませて 「若いな・・・そんな簡単じゃない 良い時ばかりではない 君らは今、いい時期で 何もかもが美しい しかし 人の自我は人を変える 人は老いる衰える・・・ 人は移ろう・・・ そうなっても君は今の気持ちが変わらないと君自身に誓えるか?」 奴は 久実の厳格なお祖父さんの目をしっかり見て 「はい」 と誠実な表情で答えるだろう・・・きっと だけど どうかな? これは、俺の勝手な妄想で あいつら けっこう長く付き合ってるだろうからな・・・ 既に お互いの家を行き来していて 信頼は得ているかもしれないな・・・ 奴はいい男だからな・・・ もしかしたら簡単に お互いの家族たちに背中を押されて決めたのかもしれないな・・・ 周りが煩いから “そろそろ” みたいな空気になっていて 久実は仕事帰りに 何冊目かの結婚情報誌をコンビニで買って 部屋では毎晩のように雑誌のページを開いては閉じながら あ~でもない こ~でもない と、やたらと小さなことにも拘る癖のある久実のわがままを聞き流しながら 奴は 家に持ち帰った仕事をしたりして過ごしているのかも っで、たまに 「ねぇ・・・聞いてるの?」 久実は少し気の強い所があるから 八つ当たり気味に 拗ねたりして 「聞いてるよ」 パソコン画面を見ながら 小さく答える奴に久実はイラつき 「聞いてない!!! そういうのは 聞いていないっていうの!!」 と、小さな子の様に駄々をこねる久実 俺だったら 面倒だな・・・って顔に出しちゃうだろうけど あいつは違うだろうな 一旦、パソコンを閉じて 久実の方に体を向けて 髪に触れる あいつが忙しい事を知っているし ちゃんと考えてくれていることだって分かっているのに そんな態度をとってしまった自分に自己嫌悪を感じ久実は涙目 それをニッコリと笑顔で覗き込むと ポロリと久実の目から涙がこぼれる あいつは久実の頬に優しく触れて 涙を拭くように撫でる 「ごめん 仕事・・・しなきゃだからさ でも、聞いてるよ ちゃんと久実の話は聞いてる」 そういって・・・ そう言って・・・ 二人は結婚式へと日々向かっていってるんだろうな そういう優しい奴なんだよな・・・あいつは できた男なんだ っで 色々と 結婚準備を進めながら 招待状の手続きをする時に 幸せな二人の笑顔の中に 一点の翳りが落ちる 俺だ その頃には 親族・会社・友達には結婚の報告を済ませ 招待状を送る事を話していて その都度 二人は幸せな気持ちになっていて あて名書きや 切手貼りも済ませ 手渡しするべき人には 二人で出向いたりして・・・ でもやっぱり 嫌なものの蓋をとれないでいて みんなそうなんだけど 嫌なことは 後回しになるよな・・・ 【俺の妄想(完)】 嫌な事 それは・・・俺 俺はあの二人の幸せにとっての汚点
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