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竜崎の反論を南は首を横に振って制する。
「あれだけの勝負を今後も続けられる自信が僕にはない。それに……」
事情も知らない北風が無下に舞う。自然の囁きすら今は腹立たしかった。
「一週間前に母さんが過労で倒れたから、面倒を見なくちゃいけなくて。
丁度いい機会だと思って、さっき退学届けを出したところ。
しっかり僕が働いて支えないとね」
気丈に腕捲りをしてみせる南に、竜崎はまたも言葉が出ずにいる。
黄昏の河川敷を胸に留めたあの日から、
自分が何も変わっていないことが悔しくてたまらなかった。
「竜崎君には僕の分まで頑張ってほしい。
優勝して、夢女神を全国に連れて行ってよ。そのときは絶対観に行くから」
今が最も辛いはずなのに、しわくちゃの笑顔はなぜか清々しかった。
竜崎は止め処なく溢れる涙を拭い、精一杯の返事で応える。
「……はい!」
南は頷きと共に踵を返した。
彼の頼もしい背中を見ていると、
竜崎は込み上げる想いを言葉にせずにはいられなかった。
「南先輩……ありがとうございました!」
腰よりも遥かに深い一礼は、義理でも建前でもない、本音の体現だった。
強くならなきゃ。もっと強く。もっと。もっと。
全国大会を制覇して、いつか必ず優勝報告をするんだ。
挫けてなるものか。胸を張って王者だと言えるその日まで。
通り雨が止み、まばらに濡れたアスファルトが際立って映る夕暮れ。
若き青年はかけがえのない約束を心に固く誓うのであった。
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