ドラゴンの清水

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12時58分になり俺のスマホの画面は突如として艶やかになった。花火のエフェクトが何連発も飛び交い、ライバーである名もなき美少女コジコジを美しく包み込む。 ――ナイたまたま、ナイたまたま、ナイ、たま、たま。黒幕の、花火が、飛んでいく  コジコジの嬉しそうな飛び切りの笑顔のリアクション。両手を広げスマホの画面を上から下へと包み込む。  俺はそれを見ていて嬉しくもあったが心のどこかでリスナーの一人である黒幕に嫉妬していた。  名もなき美少女コジコジはポコチャという動画配信アプリのライバーである。  コジコジの配信はとても楽しかった。俺もコジコジの配信に魅了された一人である。  ライバーの辛いところと言えば常にメーターを気にかけてならねばならないというところだ。コジコジは配信を始めて一気にS4まで昇りつめた。  ここで簡単にメーター。ランクの話をする。E帯が一番底辺である。E帯からD、C、B、Aとランクが上がるのだがその過程において1から3とまたその構造は複雑になっている。E1の上がE2その上がE3そしてD1とランクが上がるのだ。その経過はA帯まで変わらないがS帯となると少し変わる。A3の上がS帯で最高ランクになるのだが、S帯に限っては1から6までとなる。S6が最高ランクだ。  ポコチャは無課金でも配信を見に行くことができるし、楽しむことができる。でも本気でライバーを応援するとなると課金しなければならない。課金したくなるほどコジコジの配信はホンマ面白かった。アイテムを投げるために課金するのだ。そのアイテムとは1円のものから5555円のものまで多種多様だ。  ここでまたメーターの話をする。コジコジはS4まで駆け上がったものの今はA帯で苦戦している。それもA1でだ。A1のライバー同士の戦い。一体何人がA1ライバーなのかはわからぬが、プラマイなら今のランクを維持できる。またややこしくなるがプラス3でランクアップとかマイナス2でランクダウンとか。A1でもマイナスを取ったりプラスを取ったりその時々で状況が変わる。今のコジコジはマイナス2でランクダウン。少し複雑になるので割愛するがエールボーナス。エルボと言われているものがありエルボが入るとメーターは一気に跳ね上がる。要は他のライバーと常に戦っているのだ。高いアイテムが飛び交い圧倒的な勝利を勝ち取ればプラ2となりついでプラ1。プラマイ=オンザボーダー。そしてマイナス。ポコチャのシステムではメーターはプラ2が上限であり、プラス3でランクアップならプラ2を取った次の日にプラ1を取ればランクアップというわけだ。わかっていただけたであろうか? プラマイならメーターは現状維持。 ――プラマイおめでとう リスナーの一人であるゆぶるが言った。 ――ありがとう。黒幕もありがとね。花火連発してくれて。一体何発なげてくれたの? 黒幕はコジコジのトップリスナーで常にメーターを気にしながらあたたかくコジコジを見守っている。ちなみに花火は1080コイン。金額にして1080円である。その花火のアイテムを10連発はなげたのではなかろうか? その日のコジコジのメーターは絶望的であった。だが黒幕の打ち上げた花火のおかげもあってオンボであるメーターを維持することができた。プラマイである。  俺は何もすることができなかった。コジコジの好きなアイテムである333コインのイルカを投げたぐらいであろうか? 333コインのイルカのアイテムしか投げる事しかできないのが今の俺の現状であった。それというのも俺は生活保護受給者だからだ。  その頃の俺と言ったら生活保護を受給しながら毎日スロットを打ちに街の繫華街へと出かけ、そんな生活が続くわけもなく、たまにパチスロで勝った日には3000円課金してコジコジの配信を心待ちにしていた。所詮ギャンブルなど勝てる訳もなく、生活はより質素なものに変わった。コジコジに投げることのできない自分がもどかしかった。 メーターを上げるには高いアイテムを投げるしかない。  今の生活を見つめ直した。そしてその結果をコジコジに報告した。 ――俺働くことにした。配信でコメントを打つ。 ――それはいいこと コジコジが微笑んでくれる ――パチスロも辞めることにした。 ――本当に辞めることができるの? ――約束は守る。今はスロットを打つ金もない。 ――お金は大事だよ。私の配信では無理して投げなくてもいいよ。 コジコジの優しさが胸にしみる。  ポコチャのライバーには〆時間があって、13時〆。22時〆、24時〆と三つの〆時間がある。コジコジの〆時間は13時〆だ。平日は22時10分から配信が始まり日をまたいで1時10分までの配信。そしてお昼の12時から〆時間である13時までの配信である。夜のうちにある程度メーターを作り、〆時間である13時までの12時からの配信に勝負をかける。  おわかりいただけたであろうか? メーターは常に変動している。夜のうちにアイテムを投げてもらい〆時間に戦える状態を作っておかなければならないのだ。冒頭で12時58分に黒幕が1080コインの花火を10連発投げたのもその日のコジコジのメーターがかなり厳しい状態であったからだ。マイナス2でランクダウンということもあって黒幕はそのことを気にかけていたのだと思う。  ちなみにメーターはプラ2が上限だと言ったがマイナスに限っては1以下になることはない。プラマイのオンボにメーターが届かなければマイナスになるだけである。  黒幕が羨ましかった。嫉妬もしていた。俺も投げたい。でも投げることができない。他のリスナーもコジコジの事を応援している。そうこうぞうというリスナーも黒幕の後を追うように5555コインの宇宙というアイテムを投げていた。絶望的だったメーターがプラマイだったのは皆ファミリーのおかげである。333コインのイルカしか投げることができなかった俺も一応はコジコジファミリーの一員ではあった。  コジコジは歌枠を売りにしていたが、トーク力も抜群であった。リスナーのコメントに当意即妙に笑えるコメントを返した。それだというのに枠内ではリスナー同士の喧嘩がよく絶えなかった。ずば抜けているのが一人いた。その名はとりたてん。アニメの名前からパクったのであろう。このとりたてんは他のリスナーと問題ばかり起こしていた。とりたてんのせいでコジコジ枠から消えていったリスナーも数多くいた。それにしても皆、色々なネーミングでポコチャに登録している。歩くホスホス。この女はホストクラブに通っているイケメン大好きなホステスだかソープで働いているのだが知らぬが、ぶさいくな俺には胸くそ悪い自称21歳。ポトフ。この男も何をしてるかわからないがコジコジのメーターがピンチの時に高いアイテムを必ずと言っていいほど投げる。HAYATO。まだ20代のイケメン美容師。アイコンで見たがホンマにイケメンで頭にくる。魚卵。どこからこんなネーミングを思いついたのであろう。どこかすっとぼけた、歳はいくつになるのだか、訳のわからぬおっさん。 佐田修也。こいつは現役の大学生。無課金でコジコジを応援している。いつもキンキン、キラコメを打っている。ジョニー。たしか群馬県のリスナー。年齢は30代と聞いている。いつも一分間に一度タグ付けしてくれる貴重なリスナー。タグ付の説明は割愛する。あげればきりがないがコジコジには7000人以上のフォロワーがいる。そういえばきりんのワルツといったチワワをアイコンにした何だか訳のわからぬリスナーもいた。それにぱいせんというリスナー兼ライバー。黒幕と同じく爆投げリスナーの一人で、歳は40歳。俺のなかでは通称ジャイアン。一度、ぱいせんの配信に遊びに行ったことがあるが、ラジオ配信でちっとも面白くもないくだらない話をだらだらとしていたので行くのを辞めにした。まあそんなことはどうでもよい。  とりたてんはコジコジにガチ恋してるという。俺だってガチ恋かもしれない。とりたてんに俺が頭にくるのは配信中に他のリスナーと喧嘩ばかりしているせいではない。まだ26歳で若くBARのオーナー。おまけにえらいイケメンでコジコジが住んでる新宿で働いてるということに腹が立つのだ。俺はつくづくみじめに感じた。51にもなり無職で生活保護受給者。貯金もない。彼女もいない。スマホでしか会えないコジコジに恋心を抱いている。 ――コジコジさんはどんな男性が好みですか? 佐田修也がコメントを打った。  コジコジは自称21歳と言っていたが、実は30は過ぎていると自分でカミングアウトしていた。 ――料理のできる人かな? ――背の高いとか瘦せているとか顔とかは気にしないんですか? ――そりゃあイケメンに越したことはないけど。 つまらないことを聞きやがって俺のなかには佐田修也に対する憎悪しかなかった。 ――年齢は? 俺は急いでコメントを打った。 ――年齢は全然気にしない。俺はあろうことか馬鹿にも、その言葉に胸を躍らせてしまった。  俺には一人どうしようもない野郎を抱えていた。月末になるときまって俺の部屋を訪れてくる孝之である。何しに来るかと言えば、タバコを恵んでくれと来るのだ。部屋に招入れたのが間違いであった。孝之も生活保護受給者で極度のギャンブル依存症。タバコなんて人に恵んでもらうのであれば、我慢すればいいだけの話ではないか。プライドというものがないのか。毎月、月末になると、のこのこ人の部屋にやってくる。月末に鳴るチャイムの音が、ある意味恐ろしく感じることがある。だが今月は来ることはない。孝之は働き始めたのだ。その孝之に一緒に働かないかと誘われていた。断り続けていたが俺はコジコジと約束したのだ。働くと。  俺は働くとコジコジと約束したが、働くさきのあてがない。それというのも左手の小指と薬指が第一関節から欠損しているのだ。長い間、極道をしていたこともある。身体にも半袖半ズボンの胸割で刺青が入っている。腕は七分と肘から10センチ下まで。 孝之の働いてる会社で働くしかないのであろうか?  スロットを辞める約束は守った。後は働くだけである。俺のこの身体でどこの会社が雇ってくれるであろうか? 職種は限られていた。肉体労働しかない。解体屋、土木作業。鳶は無理だ。孝之の事は好きではなかった。向こうは俺の事を友達と思っているみたいであったが、俺はただの知り合いとしか思っていない。福島の郡山に住んでいる兄弟分である和幸と電話で話すときは、孝之の事をパチンカスとけなしていた。和幸も元は極道であったが、今は足をあらい、電気会社の取締役を勤めている。和幸には何度も孝之の事で愚痴をこぼした。  俺が住んでいるのは広島であった。それというのも高松刑務所を仮釈放される際、身元の引き受けが、広島にある更生保護施設でしか引き受けてくれなかったのだ。そう俺は何を隠そう前科者なのである。それも前科八犯。そのこともコジコジに伝えてはある。出所してから、かれこれ二年の月日が経とうとしていた。  パチンカスとは更生保護施設で出会ったのだ。孝之の働いてる会社は一日働いて一万円をもらえるという。どんなつてでその会社、と言っても解体屋であるが、働くことになったのか俺は知らない。更生保護施設の名称はウィズ広島と言ったが、ウィズ広島に出入りしていた協力雇用主の会社は日当八千円であった。俺の住んでるマンションからウィズ広島までは歩いて10分だ。  俺は考えた。悩むに悩んだ。パチンカスの働いてる会社は日当が高い。だが俺はパチンカスが嫌いだ。コジコジに相談しようかとも考えたが、孝之はコジコジの事を知っている。何故かと言えば、ポコチャを俺に教えてくれたのが何を隠そうパチンカスなのだから。  コジコジの事を応援してくれとパチンカスに頼んでしまったこともあり、配信にタカという名でたまに遊びに来る。コジコジに相談するわけにはいかない。  俺はスマホを取り出し一番電話したくない相手へと連絡を取った。月曜日の夜の事であった。 ――清水さんから電話なんて珍しいね。何かあった。 ――仕事しているん。 ――毎日クタクタですよ ――孝之の働いてる会社って日払いでもらえるの? ――週払いですけど、清水さんも働く気になりました? 日払いも最初のうちは頼めば可能だと思いますよ。 ――でも毎日仕事に出なければならないんだろう? ――いやいやそんなことないですよ。出たい日に出ればいいだけ休みたい日に休めばいいんです。 ――少し働いてみようかと思って。 ――今から社長に連絡取ってみます。  俺はパチンカスの苗字である国重とは呼ばず孝之と呼び捨てにしてたが、孝之は俺の事を清水さんと呼んでいた。いつからそんな関係になったのかはまるで覚えていない。  明後日から働くことが決まった。面接もすることはなかった。用意しなければならないのは安全靴だけであった。それと作業用手袋。ヘルメットは貸してくれるという。  日当は週払いにしてもらった。最初から日払いだと足元を見られかねない。 ――明後日から働くことになったよ。その日の夜にコジコジの配信でその事実を伝えた。  タイミングがいいのか悪いのかわからぬがスマホの画面にタカが遊びに来たよと表示された。 ――清水さん明後日からうちの会社で働くことになったよ。なんかむかついた。オマエの会社じゃないだろう。孝之の勤めている会社だろうが ――本当だったんだ。清水、働くの。 ――うん その時あろうことか黒幕が花火を打ち上げた。花火のエフェクトが画面を散らす。俺は黒幕に嫉妬していたというのに、あろうことか黒幕は俺の仕事が決まったことに祝いの花火を打ち上げてくれたのだ。おめでとうとコメントも打ってくれた。黒幕は大人だ。それだというのに俺ときたら。器の大きさが違うんであろうな。 ――何の仕事をするの? ――解体屋。 ――なおと一緒じゃない。 なおというのは、会長なおで登録しているリスナーの一人であるが、年齢は不詳。だいたいにして何の会長なのかもわからない。コジコジのファミリーボードにたまに、すじぼりの刺青を載せている。昔やくざをしていたことはなんとなくわかっている。そして今現在、解体屋で働いていることも。 ――解体屋は大変だぞ清水。なおのコメントに腹が立つ。コジコジの配信では誰もが俺を清水と呼び捨てにする。黒幕に限っては清水さんとさん付けで呼んでくれる。なおに清水と呼び捨てにされるとほんまに頭に来る。いつも訳の分からぬコメントを打っている。ゆか世界一愛してる一番好き毎日とか。ゆかとはコジコジの名前である。なおのコメントはいつも主語と述語がでたらめなのだ。俺はなおのコメントを無視することに決めた。 ――朝が早いから夜の配信は遊びに行けないかもしれない ――わかったよ清水。無理だけはしないでね。 ――ありがとう。 ――清水さんには自分がついているので大丈夫です。またパチンカス野郎が余計なコメントを打ってくる。  その日は早い時間でコジコジの配信を切り上げた。体調管理をしなければいけないからだ。明後日は孝之が俺の部屋に朝の5時に来ると言う。なぜそんな早い時間に来るのであろうか?  仕事はじめ当日。孝之は4時半過ぎに俺の部屋にやってきた。前日に部屋の鍵を開けておいてくれというから、言われた通りにした。俺はまだ布団の中にいた。孝之がずけずけと部屋の中に足を踏み入れてくる。 「清水さん時間ですよ」 「まだ早すぎるだろうが」少し早すぎましたね」なんら悪びれてる様子もない。  俺は仕方なく布団から起きだし仕事の準備をした。と言っても着替えるだけである。それから何をしてたかというと、6時半過ぎまでパチンカスの昨日のスロットの戦歴を聞かされた。 「なんでこんなに朝早い必要があったんだよ」俺は怒気を込めて言った。「孝之のスロットの勝ち負けを聞かせるために朝の4時半なのか?6時半で充分間に合うじゃねか」  ほんま孝之には疲れる。やはり孝之の働いてる会社で働くのは間違いだったのではなかろうか?  6時半に部屋を出て徒歩10分である本通りにあるアストラムラインという電車に乗って高取という駅まで向かった。電車に揺られて30分。車内は空いていたので、シートに座ることができた。現場には7時50分に着いた。まだ元請けの会社はたどり着いていなかった。  後から知ることになるのだが現場は学校の通学路という事もあり8時半からしか作業ができないらしかった。そこで俺はまた孝之に文句をたれた。 「7時で充分だったじゃないか」 「なら明日は7時までに清水さんの部屋に行きますよ」なんら悪びれた様子も見せない孝之に苛立ちを覚える。 「とか言いながらもうスロットの話を聞くのはうんざりだからな。俺はスロットを辞めたしゆっくり睡眠を取りたい」 「わかりました」返事だけは素直だ。  仕事はとてもハードであった。昼休みにコジコジの配信を見ることもできたが、とてもそんな気になれなかった。配信に遊びに行ったところで投げることもできない。水木金土と4日間働いて4万円の現金が土曜日に支給される。その日までの辛抱だ。  働いた初日は部屋に帰ってくるなり風呂に入り飯を食べ、すぐさま横になった。コジコジの配信を見ることもなく、バタンキューであった。 初日で働くことが嫌になった。それでもとりあえずは4日間の辛抱だ。  翌日の朝、部屋のチャイムが鳴った。スマホの画面には6時31分と示されてある。嫌になった。7時と約束したのに孝之が来たのは6時半だ。胸のうちで、このパチンカスがとうなり飛ばし玄関のロックを解除した。  仕事着には着替えていたが、孝之の存在がうっとうしくて仕方なかった。 「7時と言ったじゃねか」 「すいません」なにかとあえばすぐに謝る。謝られたのでは返す言葉もない。仕事に行きたくなくなった。それでも働かなければコジコジにアイテムを投げることができない。土曜日までの辛抱だ。そう自分に言い聞かせた。  昨日は瓦をはいで地面に投げ捨てる仕事であったが今日は違った。部屋の内部の解体であった。天井と壁のボード解体。昨日に比べたら少し楽な気がした。お昼休みにコジコジの配信に遊びに行った。リスナーの数はそれなりにいた。黒幕はやはり花火を投げていた。花火と言えば黒幕である。孔というリスナーも高いアイテムを投げている。ピンキの大好きというこれもまた1080コインのアイテム。皆昼休みに配信を見に遊びに来ているのであろう。今の俺の持ってるコインは272コイン。コジコジが好きな333コインのイルカさえ投げることができない。それでも追いハートは投げた。追いハートというのは高いアイテムを投げた人を称賛して投げる1円のハートである。高いアイテムが飛んだ時に追いハートとキラコメでメーターは少しだけ上がる。ポコチャのシステムは少し複雑でわかりづらい。 ――ごめんよ。今日は投げれないや!。俺はコメントを打った。 ――いいよ。清水、無理だけはしないでね。今、昼休みなの ――そう、少しだけ仕事にも慣れた。 ——―タカと一緒なの? ――まあそんなところ。そうコメントを打った時にパチンカスがどこからともなく歩いてくる。 「清水さんも好きですね。ほんまに」パチンカスは九州の生まれと聞いていたがたまに関西弁みたいな言葉を使う。それが俺を妙に苛立させた。 ――今日はこの辺で、土曜日の夜に遊びに行くよ。そう言って、俺はコジコジの配信を途中で切り上げた。 「人が何してようが関係ないだろうが」 「またコジコジの配信見てたんでしょう。どうせ」 「だから関係ねえだろうがと言ってるだろうが」 「そう怒らないでくださいよ」孝之は何ら悪びれた様子もない。 「俺は土曜日まで働いたらもう働かないからな」そう前もって約束をしていたが、念には念をいれそう言ってやった。 「わかってますよ。土曜日が楽しみですね」やはりどこかむかつく。  その日の仕事は4時に終わった。  帰りにパチンカスに飯を一緒に食べようと誘われたが、それを断り俺はなか卯に寄って食事を済ませた。  疲れていなかったこともありその日の夜、コジコジの配信に遊びに行った。 ――お疲れ様です。そうコメントを打った。挨拶だけは礼儀正しくした。 ――お疲れだよ、清水。仕事には慣れた? ――まあぼちぼちといったところ。 ――明後日は投げるからね。 —―いいんだよ。無理しないで。配信に遊びに来てくれるだけで嬉しいんだから。  コジコジファミリーのリスナーがみんな遊びに来ていた。初めて見るリスナーもいた。幸せを呼ぶもんすけ。変わったネーミングだ。もちろん黒幕も遊びに来ていた。孔もぱいせんもとりたてんもいた。歩くホスホスもゆぶるも。あげたらきりがない。  俺が配信に遊びに行った時、黒幕は挙手をしている男性とニッコリマークで俺を迎え入れてくれた。嬉しかった。それだというのに俺は嫉妬の気持ちをおさえきれずにいた。  黒幕はいつも決まって、配信に入室すると同時に花火を打ち上げていた。俗にいう入室花火というやつだ。黒幕はまだ40代であるが何かしらの会社を経営していることはわかっている。どんな仕事をしているのかは謎に包まれていた。それこそまさに黒幕である。  スマホの画面にタカが遊びに来たよと表示された。よりによって孝之である。コジコジに挨拶をした後、清水さん頑張ってますよなんて余計なコメントを打ってくる。コジコジは俺と孝之の関係をよく知らないから、清水の事よろしく頼むねなんてことを配信で言葉にする。  俺はパチンカスが遊びに来たので配信を途中で切り上げた。退室する際の挨拶だけはきちんとしておいた。  土曜日がやってきた。待ちに待った給料日である。会社の社長が部屋の近くまで届けに来てくれた。4万円の現金が入った封筒を手渡された。もちろん中身はその場で確認した。確かに一万円札4枚が封筒の中に入っていた。胸が飛び跳ねそうになる。食事も済ませてなかったが、俺はすぐさま課金しに近くのコンビニまで足を向けた。4万円の半分の2万円を課金した。  22時10分になった。コジコジの配信はまだ始まっていない。待ち遠しかった。コジコジは結構時間にルーズなのだ。俺はいつ配信が始まってもいいようにスマホを片時も離さずポコチャの配信画面とにらめっこしていた。  配信が始まった。俺が一番乗りだった。 ――お疲れ様です。やったー俺が一番のりや ――ありがとう。遊びに来てくれて。コジコジの一言が心を打つ。 ――仕事終わったの。コジコジのコメントと同時に黒幕が遊びに来たよと画面に表示された。それと同時に花火が打ちあがる。  俺におつおつとあいさつもしてくれた  俺もお疲れ様ですと挨拶を返した。  次から次へとリスナーが遊びにやってくる。  みなそれぞれがコジコジに挨拶をしている。俺はそんななか、何のアイテムを投げようか考えていた。いつもは333コインのイルカしか投げることができなかったが、今日は二万円課金したせいもあって、持ってるコインは二万円を超えていた。アイテムの一覧を見てみる。画面をスクロールしてふとカッコよいアイテムに目が留まった。3333コインのドラゴンである。何のためらいもなくそのアイテムをタップした。  上り竜がコジコジを包み込む。 ――誰、誰、ドラゴン投げてくれたの? シミズーと大きな声を上げ、喜びの笑顔を見せコジコジはリアクションをした。 ――昇っていく。昇っていく。男の胸にあるいれずみは龍、また女の胸にあるのもいれずみの龍また男の足首にも龍、そしてまた女の足首にも龍、そしてまたまた小学生のリュックサックの柄も龍。 右手と左手の根元をくっつけて何かをつかもうとしている。――これぞまさにドラゴン。追いハートが飛び交い追いキラコメも飛び交っている。最高の気分だった。その後で負けじと黒幕の花火が連発で飛び交う。俺も負けずにもう一発ドラゴンを投じた。先ほどのリアクションが繰り返される。そのあとを追っていろんなアイテムが飛び交う。コジコジの飛び切りの笑顔を色んなエフェクトが包み込む。  メーターもいい感じである。これなら明日は戦える。  その夜の配信も終わりの時間が近づいてきた。どうせ明日は日曜日だし、来週は働く予定もない。今日はぐっすり寝れそうである  眠りについたのは午前2時を過ぎたころであろうか?それだというのに朝6時半に部屋のチャイムが鳴った。誰であるかは予想がついた。案の定パチンカスであった。 「なんだよ、こんなに朝早くから」怒りしかなかった。 「今日はタワーのイベントですよ」タワーというのは街中にあるタワーヴィクトリーというパチンコ屋であった。 「俺はスロット辞めたと言っただろうが」怒りしかなかったが、俺はパチンカスを部屋に招き入れた。孝之の右手にはコンビニのビニール袋があった。その袋を手渡された。袋の中身を見てみるとどうやらアイスコーヒーを買ってきてくれたらしい。そんなもんはいらんから早く帰ってくれと言いたかった。 「昨日寝たの2時だぞ!なんで休みの日にこんなに朝早く人の家に来るんだよ」 「すいません」また謝りやがった。謝れば何でもすむと思っていやがる。 「昨日、仕事帰りにタワーに寄ったんですけどね、今日ねらい目の台が一台あるんです」 「だから何度言わせるんだよ。俺はスロットをやめたんだ」怒気をあらわにした「もう俺の部屋に来ないでくれ!電話もせずにのこのこやってくるな」 「わかりました。まだ開店の時間まで時間があるので少し時間つぶしててもいいですか」  パチンカスはどこまで行ってもパチンカスでしかない。  仕方なしにパチンカスの話に付き合うことにした。それは昨日パチンカスが打ったジャグラーというスロットの話であった。何回転でランプが光っただの何回転はまっただのそんなくだらない話を8時になるまで永遠と聞かされた。 「そろそろ行かないと」さっさと出てけ! 「俺んちに来るときは前もって電話の一本でも入れてくれ!それと朝早いのは勘弁してくれ。こっちは寝てるんだ」  もうパチンカスとは付き合うつもりはなかった。電話が鳴っても出なければいいだけの話である。でも電話に出なければ出ないで部屋までやってくるに違いない。俺は頭を抱えた。仕事は4日間の約束だったので、もうパチンカスとは働くこともない。いっそう俺にかかわるなと意思を表示してやろうかとも思った。俺の頭の一部をパチンカスが支配しているのが嫌で嫌で仕方なかった。  コジコジの〆時間の配信が始まった。それにしてもなぜ俺はコジコジの配信にはまってしまったのであろうか? 俺は刑務所を出たり入ったりの繰り返しで女とは16年間性的関係がない。二万円も課金するならソープでも行けばいいではないか。なぜスマホでしか見ることのできないコジコジにはまってしまったのであろうか?自分でも不思議だった。ガチ恋してしまったせいであろうか? 恋ではなく愛。それもよくわからない。  孝之は部屋を出ていく際、余計なことを言った。「ポコチャは無課金で遊ぶものですよ」余計なお世話だった。自分はギャンブルにどっぷりつかっているくせに、いらぬ心配ばかりする。ギャンブルなんかしても勝てるわけがない。黙れ!このパチンカスがと喉元まで言葉が出そうになった。ギャンブルは所詮負けるものなのである。勝つときもあるだろうが、最終的には負けるようになっている。ポコチャで課金してアイテムを投げたところでその見返りはない。けどライバーのためにはなっている。そうそれはコジコジの生活を支えている。  コジコジはライバー一本で生活している。配信することで時給をもらい投げてもらったアイテムの2割が自分の収入となるのだ。俺は昨日ドラゴンを2発投げたが6666円の2割がコジコジの収入となっているわけだ。誰かのためになっているのであればそれでいいではないか?ギャンブル依存症の人間にそんなこと言われる筋合いはない。  俺の頭の一部をパチンカスが支配している。それがどうにも許せなかった。また一部ではコジコジに対する感情が頭を支配している。これは愛なのか? それとも恋? どちらにせよ俺がコジコジの事を好きだという事実に変わりはない。コジコジに優しい言葉をかけてもらうとそれだけで嬉しい。俺のなかでは半分が愛。半分が恋であった。  お昼の配信が始まった。俺は二度寝をしたせいか少し出遅れた。顔を出したのは12時10分を過ぎたあたりであろうか。コジコジファミリーは勢ぞろいしていた。メーターを見てみるとオンボのラインを半分以上上回っていた。今日は何とかプラマイは取れそうである。でもA帯のメーターはプラマイの数値が大きく変動するときがある。まだ油断はならない。  みんなで投げればプラ1を狙えなくもないが今日は無理であろう。 ――コジコジ俺の名前を言ってみろ。俺は言った。 ――清水でしょう。北斗の拳のジャギみたいなこと言わないでよ ――もう一度だけ聞く。俺の名前を言ってみろ ――だから清水としか答えようがないよ。コジコジの言葉を聞き終えると同時に、俺はドラゴンのアイテムをタップした。昇り龍のエフェクトがコジコジの全身を包み込む。 ――昇っていく、昇っていく、コジコジが昨日と同じリアクションをする。それを追うように黒幕が花火を投げた。追いハートにキラコメ。俺は続けてドラゴンを二回投げた。メーターが一気にプラ1のラインを超えた。時刻は12時50分。〆時間まで残り10分だ。もしかしたら今日はプラ1を狙えるかもしれない。  時刻は12時59分。現在のコジコジのメーターはプラ1のオンボである。俺は覚悟を決めた。もう一発ドラゴンを投げた。 ――ありがとうシミズー。コジコジの叫ぶような大きな声がスマホの画面から聞こえてくる。 —―ドラゴンのシミズかっこいい。歩くホスホスがコメントを打つ。俺は有頂天になった。 ――今日の夜はおやちけにするから。おやちけとはおやすみチケットのことである。  ライバーには週初めと月初めにおやちけがもらえ、おやちけを使用するとその日のメーターを気にすることがなくなる。現状維持のままランクをキープできるのだ。言わば休日みたいなものである。日曜日の今日、おやちけということは月曜日の昼の〆時間もお休みということだ。ギリギリではあったがその日のコジコジはプラ1を取れたのだ。  俺は自分の事のように嬉しかった。  俺は課金したものの、そのすべてのほとんどを溶かしてしまった。3333コインのドラゴンを投げて。でも明日は生活保護費の受給日だ。それにまだ手元に二万円のお金もある。  俺は散歩がてら街中に出かけた。もちろん課金もした。いくらかと言えば二万円である。働いて得たお金のすべてを課金に回してしまった。何のためらいもなかった。  俺は何をしているのであろうか? 恋ではない。これは愛だと何度自分に言い聞かせたであろう。コジコジは30代だと言ったがほんまにかわいらしかった。まさに美少女である。ハスキーヴォイスながら歌もうまかった。俺はコジコジのどこに惹かれているのであろうか?自分でもよくわからなかった。スマホの画面でしか会うことの叶わぬ女性に恋心を抱いてしまったのか?なぜアイテムを投げてしまうんだろう。自分の生活を今一度振り返ってみた。俺は生活保護受給者だぞ。一日で二万円のアイテムをもう投げてしまった。  歩くホスホスの言葉が思い出される。ドラゴンの清水カッコイイ。もうドラゴンしか投げれなくなった。  日曜日に課金したが、配信があるのは月曜日の夜。俺の名前を言ってみろなんて馬鹿なコメントを打たなければよかった。黒幕を真似すればよかった。1080コインなら負担も少なくてすむ。それでも黒幕は投げるとき何十連発の花火を打ち上げる。会社の社長に生活保護受給者の俺がかなうはずもない。  それでも俺は月曜日の夜、コジコジの配信に遊びに行った際、挨拶もせずに俺の名前を言ってみろとコメントを打った。コジコジは少し首をかしげていたが、 ――ドラゴンの清水。と期待通りの答えが帰ってきた。俺はまた、なんのためらいもなくドラゴンのアイテムをタップした ――昇っていく、昇っていく。一昨日と変わらぬリアクションが見ることができた。  配信をみてる途中でパチンカスから電話があった。無視を決め込むつもりだったがスマホの画面の電話が鳴りやまないので仕方なしに取った。 ――何の用だよ、いったい。 ――水曜日から仕事あるんですけど清水さん出ます? ――俺はもう働かないと言っただろうが! ――そうなんですね。楽な現場ですよ ――電波が悪くてよく聞こえん。俺は軽くあしらった。 ――わかりました。また何かあったら電話します。 何もありゃしないよ。さっさと失せろ。孝之を怒鳴りつけたくなった。  孝之といるとろくなことがない。いっそのこと縁を切ろうかなとも思った。最近ではないが、いつだったか二千円貸してくれと言われたこともある。捨てたものと思って貸してやったが、とにかく孝之の存在が俺にとってはうざいのだ。  なぜこんなにも孝之の事が嫌なのであろうか?まず一つに図々しい所である。人の部屋に来て冷蔵庫を勝手に漁る。アイスコーヒーがあれば一杯もらいますと言って勝手に飲むし俺の部屋を掃除したほうがいいですよ。なんて余計なことも言う。人の家の事なんてほおっておけばいいのに。どうも生理的に好きになれない。俺は孝之の事を好きではないオーラを出しまくっているのにちっとも気づいてくれない。腐れ縁と思って半分は諦めている。  イケーという5円のアイテムが飛ぶ。それも連発で。 ――イケー またアイテムが飛んだ。自分では投げられないリスナーが黒幕をあおっているのであろうか? ――イケー清水。歩くホスホスがコメントを打つ。俺は仕方なしにドラゴンを投げた。追いハートに追いキラコメが続々と飛び交い、スマホの画面が一気に艶やかになる。 ――さすがドラゴンの清水。歩くホスホスがコメントを打った。 ――清水さんすごいですねー。黒幕がコメントを打ってくれた。 ――ドラゴンと言ったら清水ですね。そうこうぞうがコメントを打つ。  コジコジファミリーのリスナーは、俺が生活保護を受給しているのを知っている。配信で清水は何の仕事をしている人とコジコジに聞かれ、ありのままを全て話したからだ。 無理だけはしないでね。コジコジの言葉が思 い出される。  投げたくても投げることができないのが現実なのだ。だが俺はドラゴンの清水であり続けたい。ドラゴンと言えば清水。清水と言えばドラゴン。どこかカッコよかった。出来る事ならドラゴンの清水と呼ばれ続けたい。3333コインのドラゴン。そうそう投げれるものではない。  コジコジはA帯から落ちてB帯になったら配信をやめると宣言してた。コジコジをずっと見ていたかった。今のコジコジは瀬戸際だった。  俺はドラゴンの清水であり続けよう。黒幕がコジコジをB帯には落とさないだろうが、俺にできないことはないか?ドラゴンを投げ続ける事。それしかなかった。ならどうすればよいか?答えは明白であった。働くに尽きる。黒幕と他のリスナーに甘えてばかりではいけない。  俺は一番嫌いな相手に連絡を取った。孝之である。開口一番に言った。 「水曜日の件なんだけど、働きたいんだ」 「本当にですか?助かります」なんでおまえが助かるんや!そう思ったが口には出さずにいた。 「その代わり朝早すぎるのは勘弁してくれ」 「時間のほうは確認取ってみます。折り返し電話入れますね」  10分もしないで俺のスマホがブルブル震えだした。孝之からの着信である。すぐさま俺はスマホを耳に当てた。「どうだった」 「OKです。水曜日6時半に清水さんちの近くに行きますね。一度置き場に行かなければならないので、6時半に清水さんの家の近くのマツモトキヨシを待ち合わせ場所にしましょう」  夜の配信でこれから先も働くことをコメントで打った。 ――頑張るんだよ清水。 ――朝早いから夜の配信は遊びに行けないかもしれない。 ――いいよ。仕事優先にして。そんな言葉をかけられるとどうしても配信に遊びに行きたくなる。 ――昼休みは遊びに行くから。 ――わかったよ。待ってるね  水曜日の朝、マツモトキヨシの前で待っていると、孝之を乗せたダブルキャブが止まった。おはようございますと声をかけ車に乗り込んだ。運転手は見たこともない仏頂面のひげを生やしたおっさんだった。それでも「ウース」と声をかけてくれた。オーㇲではなくウース。俺が言葉にしたおはようございますの返礼だった。  現場は以前の現場より肉体的にしんどかった。それでも休憩はあったので少しは疲れを休めることができた。  昼間の〆時間にコジコジの配信に遊びに行った。パチンカスが隣で休んでいる。そんなこと関係なかった。  昼休みが終わる前に俺は何のためらいもなく、ドラゴンのアイテムをタップした。 ――ありがとう。シミズー ――リアクション、リアクション。俺は催促した ――昇っていく。昇っていく。いつもと同じようにコジコジがドラゴンのエフェクトのリアクションをした。  昼休みを終え仕事も俄然やる気が出てきた。コジコジに元気をもらったのだ。  今月は休むことなく働くことにした。来月も再来月も。俺はドラゴンを投げ続ける。  生活保護を打ち切ろう。コジコジの配信はある意味、俺の一日のすべてを変えてくれた。  今、まさにここにドラゴンの清水が確立した一日であった。
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