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送別ランチ
そこからの展開は急だった。
翌日には会社側から海外赴任の話があり、回答は来週初めにと言われてしまう。
流川玲子、侮れじ。そう思わせる出来事だった。彼女が手を回したんだろうか?どれだけの実力者だよ?
一方で陵からは連絡がコンスタントに入る。
「いつ会える?」
何度目のメールだろう?話す時間は作ると言ってしまったし。いずれ言わなきゃいけないことだろうし。
今回ばかりは、一度さすがにちゃんと話をしようと思い、ランチタイムに会うことにする。ランチタイムなら後ろが決まってるから、長引かせることは出来ないし。私は私のすべきことをするだけ。
「やっと会えた」
久しぶりに会った陵のメガネの奥の双眸は、ホントに嬉し気だったから、余計、始末が悪い。決意が揺るぎそうになる。
いつから私は陵にこんなにドキドキするようになっていた?
さっさと軌道修正だ。
「忙しくしてて、ゴメン。ちょっと仕事で急な案件が入ってて」
「ホントに忙しかったんだ?」
電話はでなかったけど、素っ気ないメールの返事くらいなら一応していた。こちらサイドの事情を悟らせてはいけないから。
「一応、社会人なので仕事で忙しい時はあるって」
「で、その案件は落ち着いたの?」
「どっちかというと、これからかな」
「これから?」
陵の表情が訝し気なものに変わる。
「海外赴任に行くことになりました。まだいろいろ社外秘事項で、詳細は言えないんだけど。赴任先はアジア圏。最低でも1年かな」
分かり易く表情が曇る陵に、ゴメンね、と心の中でちょとだけ謝った。
でもそのキッカケを作ってくれたのは、あなたの伯母さん。
「急だね」
「プロモーションとセットだから、私にはいい話なの」
「プロモーション?出世するんだ、すごいね」
言葉とは裏腹に陵の声のトーンは沈みがちだった。
「こっちに戻っては来るんだよね?」
「今は戻ってくるつもりだけど、先のことは分からないかなぁ」
全ては曖昧に。陵との関係は、玲子さんが言うように、フェードアウトすればいいまでのこと。遠距離恋愛ですれ違いが重なり、別れるカップルは多いだろう。
「待ってるってことでいい?どうせ、行くなって言ったところで、行くんだろうし。休みの時は遊びに行くし。出帆も帰国するときはあるだろうから、そうゆう時は会えるよね?」
「まぁ、そうだね」
一緒にいなければ、気持ちも離れていく。人の感情なんて、移ろい易い。
「1年なら待てる。もう10年以上待った経験あるし」
そんな健気なことをなぜ言ってしまうんだろう。動揺を表に見せないようにしなければ。
「いや、別に待たなくていいし。それに、もっと長くなることもあるし」
「あんまりすげないことすると、本気出すけど?」
あっ、陵の目が細められた。陵のご機嫌を損ねたらしいけど、ここで引くわけにはいかない。
「本気出すって、何によ?」
「言わせたい?僕が強く出ると、すぐ逃げようとするくせに」
「逃げるって・・・」
「1年だけ考える時間をあげる。でもそれ以上は無理だから」
そんな真っ直ぐな目を向けないで欲しい。
「それに逃げても今度は見つけ出すよから」
そう言った陵は不敵に笑った。
私は陵のことを想って身を引こうとしてるっていうのに、姉の心弟知らずだ。
「ちなみに僕のポリシーは『欲しいものは絶対手に入れる』、だから」
「はい?」
「諦めないってこと。諦め悪いし、結構、粘着質」
陵がメガネを外した。聞き分けのある、いい子モードはお終いってこと?
「そうは言ってもね、欲しいものはね、手に入った途端、こんなもんだっけって思えちゃうこともあるよ。それで、やっぱり、また要らないって思うんじゃないの?」
「そうゆうこと言うなら、今ここで手に入れちゃってもいいよ」
私がテーブルに置いておいた手が陵に強く握られると同時に、私の揃えられた足の両側を陵の足が挟むように絡められる。私はスカートだし、彼はスーツだけど、触れている部分から陵の熱が伝わってくるようで、どうにかその拘束から逃れるようにするけど、陵は離さない。手を離そうと思っても、動かすこともできなくて、足に至っては、テーブルクロスの下でビクともしない。
「陵ちゃん、離してくれないかな?」
「逃げないって約束できる?」
陵の足と手に一層の力が加えられるのが分かった。これって、良くない状況だよねと判断する。
「約束・・・・します。そろそろ急がないと。お昼時間終わっちゃうので。会社戻らないと」
「なんで、この前から電話でなくなったの?メールの返事もおざなりだし。俺、出帆が気に入らないような事した?」
ここで、美鈴さんのことを言えれば良かったんだろうけど。それを言ったら、私が嫉妬しているみたいで、それはどうしても私の欠片状態になっているプライドが押しとどめた。
「ホントに仕事が立て込んでて。海外赴任の話とか、いろいろゆっくり自分で考えたくて。澪からの連絡もシャットアウトしてたくらいだったから」
言いながら、澪にも連絡しなきゃと思う。
「相談してくれてもよかったのに」
気のせいじゃなけらば、陵から強気なオーラが少し消えていた。
「次回からは相談するし」
そう言えば、思いの外、陵の機嫌が良くなったようだった。
「うん、そうして。ちゃんと聞きわけてくれてよかった」
手と足が束縛から自由になる。
「これで1年後が楽しみになった。寂しくなるけど、出帆は浮気しないで、イイ子にしていること。1年あれば、こっちも、いろいろ準備も出来るし」
何の準備と突っ込みたかったけど、余計なことは言わないに限るよね?知らないままがいいことだって、結構、世の中には多いはず。でもついつい負けず嫌いなところが頭をもたげてくる。
「いい子って、年上に向かって。それに準備って何?」
言わなくていいことを言ってしまった。
「知りたい?」
面白そうに私を見てくる陵の表情が怪しい。
「えっと・・・いいです」
いい子に出来てないのは私じゃないでしょ?そう怒りだしたいところだったけど、陵はスマートに伝票を取り上げると、会計に向かってしまった。
何の準備するのかが、ちょっと気になる。ここは突っ込みたいところだったけど、墓穴を掘りそうだったから、とりあえずスルー。
それにしても、これじゃあ、どっちが年上か分かんないじゃないか。
優位なポジションをとれているのは、どう考えても陵のような気がするんだけど。最近、私、追い込まれてることが多くない?
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