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「玲子さんから、いろいろ言われたんでしょ?ゴメン、嫌な思いさせて。出帆が俺を避けだしたのって、それが原因なんだろ?」
私を見る陵の表情が明らかに変わった。陵は気まずそうに溜息をついた。
「美鈴とは大学が一緒でさ」
「それは聞いた。玲子さん、美鈴さんと陵が大学時代、付き合ってったとも言ってたし」
陵が項垂れる。
「玲子さんがなんか一人で盛り上がっちゃってて」
言い訳なんて聞きたいわけじゃない。
「玲子さん一人じゃないよね?美鈴さんも陵のこと気に入ってるんでしょ?」
「そんな時期もあったかもだけど」
陵はまた溜息をひとつこぼす。
「『あった』って、陵は勝手に過去形にしてるけど、続いてたんでしょ?私、見たし、二人が楽しそうに歩いてるとこ」
思い出したくない記憶の映像が蘇る。
「見られてたんだね?楽しそうっていうのは語弊があると思うけど。彼女が久しぶりに帰国したから、これからのことを話したいって。一度だけ会った。ちゃんと説明したかったんだけど、出帆は全く聞いてくれそうになかったから、言いそびれてた。そうこうしている内に、出帆は海外赴任だとか言い出すし」
「玲子さんは美鈴さんと陵の二人に会社を継いで欲しくて、だから結婚もって。」
「それはないから」
「陵はそう思ってるかもしれないけど、美鈴さんの方は・・・」
項垂れていたはずの陵の顔が持ち上がると、さっきよりずっと強い視線で私を見てくる。
「それはあり得ないんだ、絶対。彼女はそもそも男に興味がない」
「はい?」
なんか変化球が飛んできましたけど。予想外の発言を聞いたような。最近、日本語に接してなかったから、私の日本語のヒアリング力が落ちたとか?
「言葉通りの意味。美鈴は男と付き合うこともあるけど、まぁ、それは本能的な・・・」
「本能的?」
「性欲を満たすため的な?」
「はぁ?」
なんか、さっきからの想定外な回答に対応が追い付かない。
「美鈴にはずっと好きな女性がいて・・・でもその人は結婚しちゃってね。相手の女性は、世間体もあるし、そうゆうの、つまり同性婚なんてものは、周りが理解してくれる環境になってないらしくて」
「話がよく見えないんだけど」
美鈴さんには陵ではない、好きな女性がいるってこと?
「でもその好きだった女性に離婚する話が出ているらしくて、美鈴、俄然ヤル気になってる」
「ヤル気?」
何のヤル気だよ?何だ、この予想外の展開は?
「美鈴はその彼女にずっと片想いをしていて、でも彼女の方は美鈴の気持ちを知りながら、世間体のために男性と結婚したんだ。結婚してみたけど、やっぱり美鈴のことを忘れられなかったんだって」
「展開が複雑化し過ぎていて、ついていけない」
「結構シンプルなんだけどね。僕も美鈴もずっと一途に報われない人を好きだった。だから、気が合ったところもあって。同志を見つけたみたいな」
「同志?」
「だから、そもそも僕と美鈴の結婚はあり得ないし、そもそもお互い、好きな人を諦められないというシンパシー的な結びつきというか、まぁ共通項はあったことは認める。心の傷を舐めあう仲だったというか」
「それを玲子さんは?」
「ちゃんと話してきたよ、美鈴も交えてね。カミングアウト」
「玲子さんは何て?」
「もう好きにしなさいって感じ。そもそも美鈴の方が会社の経営に興味があってね、僕は元からトップのポジションなんか関心ないし。でも美鈴的には僕みたいな使い勝手の良さそうな人材は、必要だと思っているらしくってさ。俺、出来る子だから」
相変わらず、自己肯定感は高いんだなって思う。それには感心するけど、今はそこじゃない。
美鈴さんは、会社の後継者の妻というポジションじゃなくて、会社経営それ自体に興味があるってことかな?R&Gのトップ、経営者ポジションは陵ではなく、美鈴さんになるってこと?
「えっと、それと陵がここに居る意味は?」
「シンプルに出帆に早く会いたかったから。でも中途半端なままだと、出帆に追い返されそうだったから、準備に思ったより時間がかかっちゃったけどね。俺がR&Gホールディングに転職して、働くことは既定路線。でも、正式に働き始める前にMBAでもとって箔を付けようかと思いたちました。それで出帆が行くはずになってる学校に俺も行くことにした」
「えぇと?更なる展開についていけない」
「同級生になることにしました、出帆と。こっちの学校で」
「マジで?」
陵と同級生?学年5つ上ですけど、私。
「マジで」
そう答えた陵は不敵に笑う。
「同級生?」
「そうそう。頑張って一緒にお勉強しようね」
「私の方が年上」
「今回のお勉強については、同じ学年です。残念ながら。ついでに言うと、俺の方がいろいろとスコアはいいのは判明してるからね。書類提出に必要だった英語のスコアとかは特にね」
「はい?なんで、そんなこと知ってるの?」
「いろいろと情報ソースはあるものなんだ。ちなみに俺も学生時代、交換留学してたことあるし。1年だけど」
へぇ、陵、留学経験あったんだ・・・・いやいや、そんなことはどうでもいい。
「私、5年近く海外にいたんだけど。なんで、それなのに、陵の方がスコアいいの?」
「実力かな?言ったでしょ、出来る子なんだって、俺。スコアは俺の方が分かり易い程度には上だったよ。俺の優秀さは知ってるでしょ?」
私のスコアが陵に知られてるのは面白くないけど、そこまで言われると、陵のそれは知らない方がいいんだろう。確かに陵は昔から頭のいい子だったけど。
「っていうわけで、同級生。同じ学校に通えるなんて楽しみだな」
「私は楽しみじゃないし」
「でも心強くない?」
「うっ」
久しぶり過ぎる学生生活に不安がなかったわけじゃない。結局、MBA取得の道筋を照らしてくれたジェシーはここにはいないし。
「反論できなくなってる出帆も可愛いね」
余裕かましまくってる陵は、普通に私の頬にキスしてきた。
「そろそろ返事もらってもいいよね?」
「そっちは、まだ決めてない」
「NOと言ったところでYESに変えさせる自信あるし。なんなら、これから口説こうか?実力行使つきで。それに、こっちでは一緒に暮らす予定だしね。だから広めのアパート紹介されてたでしょ?」
確かに一人で暮らすには広いなと思っていたら、後からルームメートが来る予定ですってR&Gの担当の人に説明を受けたんだっけ。不動産探しが迷走していた私は、R&Gの方からアパート周りのサポートまでしてくれるって言われた時は、心の中でガッツポーズを決めていた。もしかして、その頃から、陵の留学も考慮されていたってこと?
「なんで?その手回しの良さは何なの?」
「いろいろ交渉したんだよ、こっちも。玲子さんがおかしな動きをしているのは分かっていたし。出帆の海外赴任の話があったあたりから、コソコソしだしてた。それに今回は澪さんを買収してたしね」
「私より陵をとったのか、澪は・・・」
「澪さんに転職先、紹介してあげた見返り?」
計算高い澪がアカンベェしている顔が浮かび上がった。
「マジか?」
「それは表向きで、出帆のこと、すげぇ心配してた。それに飲み友達が日本になかなか帰ってこないのも寂しかったみたい。俺が必ず連れて帰ると約束したら、ちょっとだけ情報をくれた。で、出帆は俺のこと、好きでしょ?」
余裕たっぷりで自信がみなぎっている陵の態度にムカついていた。
悔しいけど、スッゴク悔しいけういど、陵の言うことは正しかったから。でも絶対、私からは言わない。
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