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「なんか納得いかない、いろんなことが」
ついつい愚痴りたくなっても、今は目をつぶって欲しい。
「まぁ、俺が優秀なだけってこと。レポート見て欲しいなら、ご褒美宜しくね」
「ご褒美って何?」
「俺、ただ働きはしない主義だから。じゃあ、まずは軽くキスしてみて?」
「はぁ?なんで?」
「だってさぁ、ここまで出帆に尽くしているのに、俺からキスすることはあっても、出帆からしてもらったことないし」
『いってらっしゃい』と『ただいま』のハグはしてますよ、たまに頬やら、おでこにキスもされてます。でも、そこまでなんだよね。ギリギリの私の許容範囲。ここでその取り決めを破るわけにはいかない。既にかなり揺らぎかけていて、いかんせん、ヤバイのはどうせ、私の方だけど。
「いいや、じゃあ分かった、今からジェイに回線つないで、見てもらうからいい」
「何だよ、それ?」
そう言えば、さっきまでの余裕をかます表情に陰りが見えた。ざまぁみろだ。
ジェイは私より年上の面倒見のいいナイスガイだ。この前のグループワークで同じチームになって以来、よく話すようになった。プレゼン用のパワーポイントを一緒に作成したり、議論したり、それを踏まえながら発表したり。彼のアドバイスは適切で、大教室で発言することにも慣れるキッカケをくれた人だ。残念ながら、ゲイなので私に興味を持ってもらえる可能性は低いけど、日本文化に関心があるらしく、この前、アニメキャラのキーホルダーをこれまでのお礼にあげたら、スッゴク喜んでくれた。最近は特に、ジェイとは年代が陵より近いせいか、私たちが小学生の頃に流行ったアニメのリメイクの映画公開をきっかけに、更に盛り上がってしまった。
「出帆はそうやって、すぐ新しい男に見つけられるんだから」
そう言うと、陵は私からレポートを取り上げて、その場で赤ペンを入れ始めた。私は未だにレポートはわざわざプリントアウトして紙で確認するアナログ人間だ。それさえも陵には非効率と映るらしいけど。どうやら、私のレポートを見てくれることにしたらしい。余計なことを言って、機嫌を損ねても面倒なので、ここは大人しくしておこう。
それならコーヒーでもせめて淹れてみようかと、漆黒の液体たっぷりのカップを片手に陵の所に持って行くことにした。私のレポートは、元の文章が見えなくなるんじゃないかと思うくらい既に真っ赤になっている。
「文法的なミスもあるけど、論理の積み重ねに穴が多いんだよ」
なんやかんやと、陵は面倒見は悪くない。これまでもそう。言葉はきついけど、やっぱり日本語で説明してもらえると、分かり易い。かつ、陵は教えるのが上手い。頭がいいだけじゃなく、相手の理解度に合わせてくれるのも助かる。私は陵の指摘する穴を1つ1つ埋めていく作業に没頭した。陵のお陰で、想定よりも早くレポートの手直しもやっとのことで終わって、ホッとすることが出来た。
「分からないところは、俺がみてあげるし、講義でついていけなかったところはフォローするから、まずは俺を頼って。ジェイはダメ」
少し拗ねた口調で言われれば、なんか昔を思い出して、頭をかるく撫でてしまった。あっさり手を取られて、手の甲にキスされて、指までなめ始めるし。
「ちょ、ストップ」
「ちぇっ、ケチ」
何がケチだ。手を思いっきり、陵から引き抜いた。
「昔は陵に勉強教えたことあったのになぁ。今や立場逆転」
「それはかなり昔だね、小学生の頃の夏休みの宿題とか?」
そう言われて、私はおばあちゃんちに遊びに行っていたころ、陵が宿題をやるのを見てたなぁ、なんて思い出していた。そう言えば、あれ?私、見てただけかも。あまり質問とかされた覚えがない。えっと、教えてませんかね、私?
「陵ってさ、私なんかが勉強見てあげなくても、きっとひとりで出来たんだろうね」
「まぁね。出帆がそばで見ててくれると思うだけで、頑張れたけど」
「何それ?」
「褒めて欲しくて、出帆に。だから頑張った」
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