1人が本棚に入れています
本棚に追加
一
文化六年の冬のことである。
越後の高田の辺りに、真っ紅な雪が降った。
どんよりと立ち込めた黒雲、稲光きらめくその狭間から、泣き龍の目の如き色が覗き、しんしんと冷たく紅い細雪が、こぼれ落ちる血涙のように、はらはらと虚空を舞い降りるのである。夕陽なき黄昏から日没にかけて降り、多い時には地面に一寸ばかりも積もった。
その年は、春になっても寒さ消え去らず、時まれに雪が降ることさえあった。そして、春にもやはり、紅い雪が降ることがあった。
顔を覗かせた新芽を、紅い雪が濡らした。爽やかな風に人は、仄かな鉄の臭気を覚えた。紅葉もないのに川が紅く染まり、家の屋根や老樹の枝の先からは、淀んだ紅い滴が垂れた。
何の吉兆か凶兆か――人々は戸惑い、慄き恐れた。天変地位の前触れではないかと囁く声があり、鹿島の事触れだの何だのという、どこの馬の骨とも知れぬ流れ者が、真らしく声高に唱える警鐘が、更に不安を煽り立てた。方々の社では祈祷が行われ、天の機嫌を宥めようと試みた。
その一方で、この怪異を解き明かさんと、脳漿を絞る者たちがいた。ある者は村一番の古老の家に入り浸って話を聞いた。ある者は事の次第を問いに江戸にまで足を向け、またある者は、どこから手に入れたのか読めもせぬ異国の書を繙いては、尤もらしく頷いたり、唸ったりした。その間も高田には、紅い雪が降ったり降らなかったりして、人々の杞憂猜疑をいやが上にも高めるのであった。
どんよりと暗い春初めを過ぎて、ようやく冬の気配の遠のく頃、何人かの学者、薬師、物知が腰を上げ、方々の辻に立って、各々の説を解いた。もはや雪降る怪異の頃は過ぎたとはいえ、紅雪には未だ多くの人々から、関心と不安の気持ちを寄せられていたのである。
ある夜のこと、とうとう村の者たちは寺の本堂に一人残らず集まり、知識人が持ち寄る説の一つ一つを聞いて、評する場を設けた。
そこで訳知り顔の者たちが何人も、上座に立って、己が努力の証を、厚顔無恥も裸足で逃げ出す得意顔で滔々と述べたてたわけだが……はてさて、どうなることやら。
最初のコメントを投稿しよう!