act.1 東風(こち)

4/9
前へ
/36ページ
次へ
「は〜これで拓海も既婚者か。しかも秋には子持ちだ、まずはおめでとう」  とりあえず田代先輩には電話で報告、GWに帰るからその連絡も兼ねて。 「俺達の企業体参加者では初めての既婚者になるのか、ますます頑張らんとな」 「はい」  田代先輩の卒業と同時に始動した農業企業体は、クラウドファンディングなどで募った出資者と、俺たちの持ち出しから割と大きな金額が集まった。  俺は例の産みの親という人がくれた結婚祝いの彫像を、まだ結婚しては無かったけど去年前もって売り払って資金にした。  売り払う手続き等は主にアルじいちゃんが代行してくれた。有名な前衛芸術家だというその人の作品は時価500万円と聞いていたが、オークションに掛けたら680万円で売れたそうだ。  税金やら手数料やら何やらで多少目減りはあったが、俺の手元にはそれなりの金額が残った。俺はそれを全額農業企業体の出資金とした。  美音がそうして良いと言ったので。  俺には複雑な思い入れの金ではあったが、うちの家族もその事に誰も反対しなかった。だからそれでいい。  その他の資本金は皆で働きながら貯めたり、田代先輩家の土地を抵当に銀行に借金したりだ。  とりあえず創立時の仲間と現在出来ることをやっている最中。俺が大学を卒業する頃には、小さいが割と設備の整った最新の有機EL栽培工場が一棟出来上がっているはず。  他は中崎先輩が中心のプロジェクトである酪農部門も、最新の自動搾乳器や牛の健康状態も監視できるモニターも整備された乳牛の畜舎の建築や、亮さん中心の果樹栽培プロジェクトもちゃんと計画は動いている。  実質な始動開始は、俺の卒業と時期は合わせてくれている。初期メンバーは田代先輩が大学で集めたメンバーも含めて7名だ。  全員がしっかり食っていけるだけの収益を考えた事業だから、準備は怠れない。 「男の子か女の子か、楽しみだな」 「はい」  どちらでも良い、元気に生まれてさえくれれば。  電話を切った俺は、通い慣れた学校への道を軽い足取りで軽快に進んでいった。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

41人が本棚に入れています
本棚に追加