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病院の面会時間が終わって、ばあちゃんの車で自分の家に帰り着く。
もうすっかり回復した美音に会えたからちょっと安心した、ガリガリに痩せていたらどうしようかと思った。
暗がりの中に佇むのは、相変わらず坂のてっぺんに鳥の巣ゲージの様なじいちゃんちの母屋。そして側に建つ離れの父ちゃんち。
それを全部囲む高い塀(電撃入り)と、じいちゃんと真也が丹精している庭の畑だ。
確かに相変わらずデカい家だわ。
「庭の殆どが食える野菜の畑じゃなけりゃ、どこかの社長の家の面積」
前に田代先輩にも言われたな。
我が家は観賞用植木とか庭石とかの、どこかの金持ちの庭みたいなアイテムは一切無い。
とにかくちゃんと食える物、目標は野菜のみは自給自足の超実用的な庭が我が家の理想。この家がちっとも豪勢に見えない切実な理由がここにある。
唯一の贅沢は庭の片すみにある農機具倉庫併設のちっこい温室、そこにじいちゃんの薔薇研究室があるくらい。
あとは駐車場が割と広い、上手く詰めればじいちゃんちの鳥籠ゲージもあるから合わせて6台は入る。まぁ道路も私道だからそこにも停められるし、友達が来た時は殆ど問題ない。
そして畑の僅かな果樹スペースには、俺の楽しみにしてるあかつき桃が今年やっと結実した。もちろん数は少ないが今年はやっと収穫できそうだ。明日、明るい所で見るのが楽しみだ。
今日も俺はじいちゃん宅の玄関から実家に入る、俺はその方が家に帰ってきた気がするからね。
「お帰り拓海、美音には会って来たんだね」
「うん、ただいまじいちゃん」
「おめでとう拓海」
じいちゃんもとても嬉しそうだ。
そうか、俺の子供が生まれたらじいちゃん達の初ひ孫になるんだな。
「ありがとうじいちゃん」
子供が出来たと分かった時に、ナバホ居留地のじいちゃんにも連絡した。電話の向こうのじいちゃんは、勿論とても喜んでくれた。
次にナバホに行く時は、美音も子供も一緒だから待っていてくれとも伝えてある。
NYのアレックスも当然祝福してくれた、大学の卒業が決まったらまた日本に来たいと言っていた。
「櫂も帰ってるよ」
「分かった、荷物を置いてから行くね」
二階の自分の部屋に行き、下宿から持ってきたディバッグを置いた。
相変わらず部屋の窓際にはにゃん太お気に入りの猫鍋ベッドだ。いないところを見ると今は晩ごはんかな。にゃん太も元気なのは聞いているし、とりあえずホッとする。
父ちゃん宅に移動するともう夕食が始まっていた。
「おかえりなさい拓海、晩ごはんはカレーよ」
さすがに家に入った瞬間に分かってます。俺の大好物だ。帰ってくるのが分かっているから作ってくれたんだと思う。
「うん、大盛りで」
その前に父ちゃんだ、ちゃんと挨拶しないとさ。
相変わらず父ちゃんとじいちゃんはソファーの方で二人で晩酌をしている。明日から父ちゃんも休みだから今夜はのんびり出来るのかな。
「父ちゃんただいま」
「おうお帰り、美音はどうだった?」
父ちゃんもまずはそれね。
「元気だったよ、目眩も治まってきているって。なんとか食事も出来てるからそろそろ帰れそうだって言ってた」
「そうか、ならいい。美音が急に具合が悪くなって入院したと聞いた時には俺もびっくりした」
父ちゃんが職場から病院にすっ飛んで来た話はばあちゃんに聞いたよ、母ちゃんの時の事を思い出した。
「おめでとう拓海、やったな」
「あ、はい。ありがとうございます」
さすがになんか照れくさいな。離れて暮らしているから、子供は正月の頃に出来た子供だってバレバレだし。
「それより父ちゃんじいちゃん、色々ありがとう」
「なんだ?あらたまって」
いや、久しぶりの帰省だから。
「美音の事もだけど、あの彫像を売るのを手伝ってくれて助かった。外国のオークションに出すなんて思いつきもしなかったから」
本当に俺には宝の持ち腐れになる所だった。くれた人には悪いけど、全然思い入れも無い物だし。
「初音くんがそう言っていたからね、拓海の為に高く売るにはその方が良いとね」
窓口になる美術商の手配や売買の契約等、全部じいちゃんがやってくれた。彫像の海外への搬出も。
「俺もそちらの方面はさっぱりだった、父さんの実家に付き合いのある美術商がいて助かったよ」
「ミッターマイヤーの実家には高額の美術品も数多いからね、私は余り興味が無かったけど」
じいちゃんにとっても最高の絵描きは孫の美音だもんな。
「何にせよ拓海の役に立ったなら良かったよ」
「まぁ、あれはある意味あぶく銭と思えば良い。全額を自分達の会社に出資した拓海の考えは正しい」
父ちゃんも言う。はい、ありがたくその資金を右から左に動かしました。田代先輩が大喜びです。
「いいからメシを食ってこい、あとで書斎にお前の婚姻届を取りに来いよ。母ちゃんとばあちゃんが喜んでもらってきた」
いたれりつくせり、全くうちの家族は。
「分かった、じゃああとで」
「ああ」
俺はいつもの俺の席に、ガッツリ盛られた大盛りカレーの前に座った。
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