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そうだ、どう考えても間に合わない。
10時になれば校門が開いて、一般のお客たちが入ってくるのだ。
ランチタイムにはまだ少し時間はあるとはいえ、再度配達してもらうにも、近隣の店でサーモンを新たに購入するにも、とうてい間に合わない。
サーモンは昨夜の内に、クール便で詩織の家に配達され、今朝、保護者の車で詩織が搬入という段取りになっていた。
伝票は合っていたし、トロ箱は釘打ちで完封してあったので、詩織はわざわざ開けて中身を確認することはせず、今朝早く母親に頼んで車を出してもらい調理室へ運んでから、事態に気が付いて青ざめたという。
「家庭科の森先生に捌くの手伝ってもらえない?」
「茶道部の野点のお菓子の段取りと、部員の着付けが終わったら来てくれることになってるけど、12時までは無理だって」
「万事休すか……」
絵本の中のパスチェスト・クルービーの店主、バースは大きくて陽気な料理好きの熊だ。
美味しい料理を作って、店にくるお客の腹を満足させるのがなによりの幸福。
そんなバースが大切なゲストをもてなすのは、大好きなサーモン料理と決まっていて、バターで焼き上げ、レモンソースを掛けて振舞われるムニエルは絵本の中でも人気の一品だし、クリームパスタやホウレン草のパスタにもサーモンは欠かせない食材なのだ。
「昨日届いたときに確認していたら、間に合ってたよね」
調理班リーダーの詩織は、肩を落としてうなだれた。
「詩織にはなんの落ち度もないよ」
「そうだよ、伝票にははっきり真空パックって表記されてるんだし」
あわてて佐藤ちゃんがフォローする。
「……でもどうしよう」
トロ箱の中では行き場を失ったサーモンがいかつい顔のまま沈黙している。
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