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「あ~、お腹いっぱい」
つゆきと並んであるきながら、七海はお腹をさすった。
今日はお店が混んでくるまえに駅まで送ってもらうことになった。
「いい人だよね、大将も歌那子さんも。あ、別にご飯食べさせてもらったからってわけじゃないよ、ほんとに居心地がいいって意味で」
つゆきは黙っていたが、七海の言葉を聞いているのはわかった。
「ところで、つゆきがひろわれた公園てどこ?」
七海は気になっていたことを訊ねた。
不意につゆきの表情が曇った。
あれ、聞いちゃいけなかったかな。
七海は思わず首をすくめた。
「ごめん、言いたくなかった?」
つゆきは答えない。
怒ったのかな。
小さくなって七海は口をつぐんだ。
沈黙のまま駅について、七海は改札を通った。
今日はこのあいだのようにそっけなく帰ったりはせず、つゆきは改札の向こう側でなんとなく見送ってくれている。
「ありがとう、ごちそうさま。すっごく美味しかったよ」
思ったまんまの感想だった。
つゆきはちょっと驚いたみたいに目を見開いて、それからちょっとほほえんだ。
眩しげに、目を細めて。
不意打ち二度目。
七海は動けなかった。
周囲の風景が急に色褪せたような気がした。
瞬きはじめたネオンが青白くふちどる肉の薄い鋭角的に整った容貌。
切れ長の眼の端に笑いが滲むと、硬質な眼差しが急速にほどけて柔らかくなる。
すらりと伸びた背中、ロールアップしたコックコートの袖からのぞく筋肉質な腕、引き締まった体躯。
長い指が無造作に前髪をつかんで空を仰ぎ、つゆきは一言、雨かな、と呟いた。
砂埃を巻き込んで、突風が構内を吹きすぎた。
駅の喧噪がよみがえり、七海はつゆきに見とれていたことに気が付いた。
鼓動が高鳴って、うまく息ができない。
眩暈がするほど苦しいのに、もっと見ていたかった。
こんな気持ちは初めてだった。
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