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3
女の子たちはダイエットと同じくらい、食べる事にも熱意を傾ける。
持参のお弁当を休み時間に完食してしまった茜は
「パン買ってくる! 七海いつもの所、とっといて」
四時限目終了のチャイムと同時に立ち上がって言った。
バタバタとスカートをからげて廊下を駆け抜けてゆく彼女の勇ましい後ろ姿を見送りながら七海は、彼氏が同じ学校でなくてよかったかもと考えずにはいられなかった。
ちなみにいつもの所というのは、旧校舎のテラスに設けられたランチスペースで、七海たちは春秋の過ごしやすい一時期、お日様を浴びながらそこで昼ご飯を食べるのを楽しみにしていた。
「私もちょっと職員室に用があるから、先に行ってて」
美穂もそう言って、集めたプリントを揃えてあわただしく教室を出て行ってしまった。
七海はお弁当とお茶のペットボトルを持って、のんびりと旧校舎に向かった。
学級教室のほとんどと教科教室の半分が新校舎に移ってしまったので、旧校舎は普段はあまりひとけがない。
昼休み、七海たちのようにランチスペースを利用しにくる女子生徒が少しと、静かな空き教室で昼寝をしにくる上級生がいるくらいでいつもガランとしている。
凸字型に建っている建物の張り出した三階部分がテラスなので、入り口からすぐ階段を上がるのが一番最短のルートなのだけど七海は一人なのをいいことに、少し遠回りしてテラスへ出ることにした。
手入れがおろそかになっているせいで、このところとみに野性味を増してきた中庭を眺めるのがひそかに楽しいのだ。
茜や美穂は理解してくれないけど。
七海は一階の廊下をまっすぐ歩いて適当な空き教室の一つに忍び込んだ。
中庭に面した窓を開け、繁茂する雑草に縁取られた緑色の観賞池を見下ろす。
時折、泡とともに浮上してくる赤い魚影。
好きな人の名前を唱えながら購買部で買ったメロンパンを投げ入れると想いが叶うという七不思議が存在するおかげで、あの池の鯉たちは飢え死にしなくてすんでいるらしい。
なにかエサになるものを持ってくればよかった。
メロンパンでなくてもいいから。
七海は秋の風に心地よく髪を撫でられながら、窓枠に肘ついた姿勢でぼんやりとそんな事を考えていた。
おにぎりは食べるかな、具は梅干しだけど。
「こんな所に呼び出してすみません!」
「わ」
これ以上ないぐらいしょーもない考えごとをしていた七海は、突然、背後で響き渡った緊迫した声にびっくりして思わず反射的にしゃがみこんでしまった。
「うそ、やだ」
よりにもよって七海のいる教室の前の廊下で女生徒がだれかに告白しようとしているらしかった。
「ずっと先輩のコトが好きでした、付き合ってください」
これ以上ないぐらいストレートな告白だった。
中腰になって廊下と教室を隔てている扉のガラス部分からそっと様子を窺うと、ほとんど目の前といってもいいほどの近さに一年生の女生徒がいた。
思い詰めた横顔、きゅっと握りしめた両手、伝染してきそうな極限の緊張。
さいわい、相手に集中するあまり七海の存在には気づいていないみたいだったけど、七海の方はいますぐここから逃げ出したかった。
まさかこんな所にひそかなギャラリーがいるとは夢にも知らないだろう彼女が、必死の告白を続けるのを聞いているのはいたたまれなく猛烈にうしろめたい。
しかも告白されている相手を見て、七海は再び眼を丸くした。
それはまぎれもなく、今朝、謝っている七海を思いっきりガン無視して立ち去って行ったクラスメイトの鷺宮つゆきだった。
コンビニでのあまりにも不遜な彼の態度が忘れられなかった七海は、今日はなんとなく遠巻きにつゆきを観察して過ごしてしまった。
授業はマジメに聞いていた。
休み時間はほとんど寝てすごし、だれかに話しかけられれば返答ぐらいはするけど、頬杖をついてグランドを眺めている横顔は一人でいることに慣れてるみたいで退屈しているようにも満足しているようにも見えた。
あの無口で無表情無愛想なつゆきを呼び出して正面切って告白するなんてすごい度胸。
今朝の七海みたいにあっさり無視されて撃沈てことにならなきゃいいけど。
勝ち気そうな目を潤ませて、挑むような真剣な顔つきでつゆきを見詰めている彼女に七海はおせっかいにもそんな事を考えていた。
それにしても自分はどうすればいいんだろう。
このままさりげなく二人の横を通り抜けて教室を出てテラスへ行こうか。
それとも二人がいなくなるまで待つのが得策? でもそれじゃお昼休みが終わってしまう。
人知れず窮地にたっている七海に気づくよしもなく、
「付き合ってる人いませんよね、私じゃダメですか?」
黙っているつゆきに詰め寄りかねない勢いで言ってから、彼女は頬を赤らめてうつむいた。
「すみません、調べたわけじゃないんですけど」
「ずっと好きな人がいるから」
つゆきが口を開いた。
「だから、誰とも付き合えない」
その口調はきっぱりと迷いがなく、それがかえって彼女へのいたわりに通じていた。
沈黙。
細い肩が震え、彼女は顔が上げられないようだった。
きっと深かった想い、大切にあたためていたモノがひび割れ崩れてゆく喪失感。
うつむいてしまった彼女をつゆきは眩しそうな表情で見ていたが、
「でも、ありがとう」
ぶっきらぼうだったが優しい声だった。
意外な気がして思わずつゆきの顔を見たら、バッチリ目があってしまった。
やばい。
焦って隠れたけど、絶対バレてる。
七海は教室の壁にはりついたまま、廊下から人の気配が消えるまで息を殺してじっとしていた。
あとで、なんで隠れる必要があるんだろうと悔しくなったけど結果的に人の告白を立ち聞きしてしまったのは事実だし、どんな顔をして出ていけばいいのかわからなかったのだ。
ドキドキする胸を押さえて、テラスに上がると茜と美穂は先にお昼ご飯を食べ始めていた。
遅くなった理由は適当にごまかして、七海はいそいでお弁当をかきこんだ。
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