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8
予鈴が鳴って教室に入った七海は、なんとなくつゆきの姿を探してしまった。
つゆきはいつもと変わりなく窓際の自分の席にいた。
七海は目をつぶって呼吸を整えると、思い切って声をかけた。
「おはよ。昨日は本当にどうもありがとう」
つゆきは切れ長の目を細めて七海を見上げたが、無言だった。
「家に帰ってからも親にこってり怒られた。もっと気をつけなさいって…。歌那子さんと大将にはあらためてお礼に伺いたいって言ってたよ、あたしもまた歌奈子さんに会いたい、コートも返したいし」
七海はくじけずはなし続けた。
「歌那子さんて毎日あのお店に来るの?」
微動だにしないつゆきにまたもや無視かとあきらめかけた時、
「たまに」
つゆきが言った。
「毎日じゃない」
琥珀色の瞳。
不意にまっすぐに向けられたつゆきの双眸が赤みがかった茶色で、意外ときちんと相手を見ることに七海はなぜかどぎまぎした。
「へえ、そうなん…だ」
「七海、わざわざ練習見に来てくれたのか?!」
そこへ、ドサリと自分の席に荷物を置いて、にぎやかに七海達の間に割り込んできたのはもちろん修平だった。
「よ、つゆき」
つゆきにもきやすく声を掛ける。
「べつにわざわざ見に行ったわけじゃないよ。今日は早く着いたからちょっと覗きにいっただけ」
正直に七海が言うと修平は大げさにガッカリしてみせた。
「なんだ、七海もようやくサッカーに興味持ったのかと期待したのに違うのか」
「でも修平、カッコよかったよ」
これも正直な感想だった。
ぱっと修平が顔を上げる。
「やっぱり七海、試合応援に来いよ、惚れるぜ、俺に」
「忙しいもん」
「12月最初の日曜日、スポーツセンターで十時から」
修平は小学生みたいに強引だった。
「予定がなかったらね」
ついに七海は根負けして言ってしまった。
「きっと来いよ、ハットトリック狙うぜ」
修平はガッツポーズをした。
「金曜日は?」
七海は不律に向き直ってたずねた。
「金曜日は歌那子さんお店にくるかな」
つゆきは考える顔になって
「たぶん」
と頷いた。
修平が話題をつかみきれずにそわそわしている。
「なんだよ、金曜日って」
「ちょっとね」
昨日の出来事を全部説明するには時間が足りなかった。
鳴り始めた本鈴にざわついていた生徒たちが席に着き、担任が入ってきた。
修平はもっと聞きたそうに七海とつゆきの顔を見比べていたが、担任に一睨みされてすごすごと自分の席へ戻っていった。
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