Raining Blood(1/28 '23 改

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 マサキもまた『ラナンキュラス』に来ていた。  ゲンジロウと、『ヴァンパイア案件』のことで、現時点でわかっていることを共有した――押収品に手をつけたことまでは話さなかったが――どうやら、ここで度々、薬物のやり取りがされている、というのだ。  『ラナンキュラス』は、火鳥会のシマではない。  だが、ここマッドシティは、暴力団だけではなく、半グレと呼ばれるような、暴力団とはまた別の、反社会的勢力が蠢いている――暴力団に限って言えば、火鳥会だけではないが――。    『ラナンキュラス』がどこと結びついているのか、まだ不明だが、きっと、新興の勢力であろう。  あいにく、マサキはマル暴ではない。そのため、裏社会の勢力を掴みきれていない。  ひとつ言えることは、火鳥会はその新興勢力を警戒している、ということだ。  もしかしたら、その新興勢力とやらが、ケイコを殺害し、カナをさらった犯人と繋がっているかもしれない。  それと、もうひとつ、マサキにおぞましい力を授けた薬物とも、関係があるかもしれない――。  マサキは店内を注意深く観察していた。客は10人か。今のところ、怪しいものはいない。  張り込みを続けていると、会社帰りと思わしき三人組を見かけた。バーテンダーと話をしているようだ。  上司と思わしき男が部下を連れて飲みに行く、それ自体は別におかしいことではない。  ただ、先程から見ていると、酒を一口つけたきり、手をつけている様子がない。  特に、背がいちばん高い男なんかは、グラスを口に運んでさえいない。  まるで、飲みに来たというよりは、聞き込みに来たみたいではないか。  三人組の中にマサキが知っている顔はなかった。つまりは、刑事ではないということだ。  マサキは、いてもたってもいられなくなり、思い切って席を立った。 「お話の途中、申し訳ありません。私、こういうものなんですが」  マサキは上司と思われる男に、警察手帳を見せた。 「最近、この辺りで事件が起こっていまして……」  すると、背が高い男が割って入ってきた。 「お話なら僕が伺います。この二人はまだバーテンダーとお話したいようなので。  ……それに、少々、込み入った話をしたいので。出来れば、静かなところでお話がしたいのですが」  ――刑事と二人きりになりたいとは。何かあるに違いない。  さすがに、刑事相手に無茶なことはしないか――マサキはそう考えた。  男を信用した訳では無いが、でも何も情報が得られるかもしれない。  それに万が一、身に危険が及んでもこっちには奥の手があるのだ。  マサキは、男の話に乗ることにした。  二人は店内を出て、路地裏に向かう。  周りに誰もいないことを確認し、まずは男の方が話を切り出した。 「刑事さん、なんの事件を調べているんですか?」 「殺人事件です」  男は、マサキの口から出た「殺人事件」という言葉に反応を示す。 「殺人事件ですか。それは、体の血が抜かれている事件のことですか? それとも、人体が爆発した事件のことですか?」  それを聞いたとき、マサキの全身に緊張が走った。 「なんで、マスコミが報道してないのに、その事件のことを知ってるんだ、っていう顔をしてますね。  なら、刑事さん。そのふたつの事件は捜査できないはずなんですけど。勝手に捜査するのは服務規程違反じゃないんですか?」 「貴様こそ何者だ! 身元を明かさない奴に、服務規程違反と言われる筋合いはない!」 「こんな調子じゃ、懲戒免職は不回避だろうけど、余計なこと喋られても困るしなぁ。  刑事さん、悪く思わないでね」  男がマサキと距離を詰める。  銃は持っていないようだが、マサキも持っていない。男の言った通り、これは違法捜査だ。  例え銃を持っていたとしても、使おうものなら余計な面倒事が増えるだけだ。  だったら――。  マサキはサングラスを外した。  視界が赤に染まる。そして、男は、首から勢いよく血を吹き出して倒れた。 「……やったか?」  マサキは恐る恐る男を見る。うつ伏せに倒れたきりピクリとも動かない。首からは血が勢いよく流れ、血溜まりを作っていた。  ――妙な薬物を飲んでから、使えるようになった忌まわしい力。  思っていた通り、人を容易く殺すことのできる力であった――。  この力を使うことがなければ、どんなによかったか。マサキは、もう後戻りができなくなってしまった。  さてどうしよう。そんなことを考えていた矢先のことである。  マサキの目の前に影がかかり、首筋を噛まれた。  マサキは抵抗する間もなく、意識が遠のいていく。そのまま、その場に崩れ落ちた。 「さっきの一撃で、血をだいぶ失ってしまったよ。でも、補充したからもう大丈夫。ご馳走様」  男はマサキの首筋から口を離し、手で口を拭う。  マサキは、事切れていた。 *** 「部長、申し訳ありません。回収できますか?あと、せめて上着でもあったらありがたいんですけど――」  サトシはコウゾウに電話をかける。  しばし待っていると、コウゾウとアンリがやってきた。 「先輩! 大丈夫ですか!?」  アンリは叫んだ。サトシの首の辺りが血塗れになっているからである。 「あー、大丈夫大丈夫。怪我は治ったから。治りが早いんだ 、僕。  それにしても、先輩、ね。ヴァンパイアになってるのに、先輩って呼ばれるなんて」 「何を言ってるんですか。初めて会ったときは正直、怖かったですよ。でも、今の先輩は……身体の傷は直ぐに治っても、心の傷はそう簡単に治らないと思うんです」  アンリは、自分でも何を言ってるのかわからなかった。とはいえ、なにか言わなくてはいけない――。  そんな思いが、アンリの中で湧き上がってきたのである。  サトシは、そんなアンリを見て、こんなんでやっていけるのかと呆れていた。けれども、嫌な気はしなかった。 「ぎゃあああ!!」  アンリは唐突に悲鳴を上げた。今になって、サトシの傍らで動かなくなっているマサキに、気がついたからである。 「キノシタ君、ちょっと落ち着こうか」  アンリは半ば錯乱状態になっている。コウゾウは、アンリの口を抑えた。騒がれたら、困るからだ。  これを見たサトシは、こんなんでやっていけるのかと、改めて思った。  コウゾウはサトシに、オーバーサイズの上着を着せる。  続いて、なるべく人目につかぬように、車に乗せた。  帰社途中の車内、サトシは後部座席に座り、窓にもたれ掛かっていた。  その時、サトシの身に妙なことが起こった。 『失礼します。警察のものですが――』 『これは……こちらで預からせていただきます。連絡は後ほど――』  まったく預かり知らない記憶が、脳内を駆け巡ってきたのである。 「……これは、一体?」  サトシは、噛み締めるように、流れてくる記憶を辿る。 『最近、ここらで、あるヤクが出回っていてな。スロートバイトって言うらしいんだが』 『俺ら、スロートバイトは扱ってないぜ。どうにも、よく知らない連中が、これを広めているらしい――』 「スロートバイトは、人をヴァンパイアにする薬だ。超能力が使えるようになるって聞いたことないけど……そういえば、スロートバイトとは別に、そんなような薬を飲まされたような……」  サトシは流れてくる記憶を反芻していた。 「にしても、マサキさん。押収品に手を出した挙句、ヤクザと手を組むとか……悪い刑事さんだ」
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