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Gospel to The Vampire(11/13 '22 改)
♪ 喉に噛み付いて
あなたは私を支配した
血潮が身体中を駆け巡り
私の脳漿は犯された ♪
(ゴスペルトゥヴァンパイアーズ/侵食)
ヴィジュアル系バンド『ゴスペルトゥヴァンパイアーズ』のライブは大盛況のうちに終わった。
ライブ後、メンバーは会場の外に出る。出入口周辺に数名の女が立っていた。彼女たちは黒ずくめの服装をしている。
メンバーが出入口から出てくると、その場は色めきだった。彼女たちはファンなのである。
コノミもまた、ファンの一人としてその場にいた。コノミはベースであるジュンに対し、それとなくアプローチを仕掛ける。ジュンはそれに応答する形で、連絡先を交換。しばしのやり取りのあと、ホテルに行き、そこで一夜を共にした。
コノミ曰く、デビュー時からのファンであったらしい。
ジュンは「なんで中々名前を覚えてもらえない自分なんだ」と言う。
それに対しコノミは「皆は地味っていうけど、ベースこそバンドの土台なのよ」と熱弁してみせた。
「この女はどこまで音楽のことがわかってんだ」とジュンは思わなくはなかった。しかし、そんなことが瑣末に思えるくらい熱い夜だった。
熱くなったのは、コノミが持ってきたスロートバイトのせいだったかもしれない。
そうだ。きっとそうだ。何故なら、日に当たることが出来なくなったのだから。
***
「困ったことがあったらここに連絡して」
――ジュンはコノミから渡された紙のことを思い出した。
その紙を引っ張りだしたところ、そこにはスマホの番号が書いてある。
ジュンは躊躇ったが、他に頼れるところもない。意を決して、紙に書いてある番号にかけることにした。
『もしもし』
スマホから男の声がする。
「いきなり申し訳ありません。コノミという人から『困ったことがあったらここに電話して』と言われたので、この番号にかけたのですが……」
『では、日没後、指定された場所に来てください』
男はこう言い残し、通話を切った。
日没後、ジュンは、男が指定した場所へ向かう。そこはビジネスホテルで、入口にはスーツケースを持った男が立っていた。
「ジュンさんですか?」
男はジュンの姿を認め、声をかける。
ジュンは「そうですが」と返し、共にホテルの中に入っていった。
「お加減はどうですか?」
男はジュンに尋ねる。
それを聞いたとき、ジュンは苦虫を噛み潰したような顔になる。そして、悲痛な声をあげた。
「……お加減はどうですかって……どうもないでしょう! 何が起こったんですか!」
「その様子ならどこも悪くはなさそうですね」
激昂しているジュンに対して、男は冷静に答える。
「ひとまず、今日はこれをお飲みください。住所を教えていただければ、1週間分の食料をお送りいたしますよ。
その際、健康診断表をお送りしますので、できればでいいのですが、それにご記入していただければ幸いです。何かあった時に、当方でサポートできますので。
診断表は、郵送ではなくてスマホ撮影したものでも構いません。そちらの方が、都合がつきますでしょうし」
男は、ジュンに今日分の食料が入った袋を渡す。
ドンッ!
「いいから説明しろ!」
ジュンはテーブルを思い切り殴りつけた。部屋には鈍い音が響き渡る。
「あなたはジュン。ゴスペルトゥヴァンパイアーズのベース。このバンドのメンバーはヴァンパイアでしょう。良かったじゃないですか。本物になって」
「ふざけるな! バンド活動はライブとプロモーションだけじゃないんだ。昼間も仕事してんだよ!」
男は自分のことを他人事のように話す。ジュンは苛立ちを隠せない。
「では、お話はこれで以上です」
男は用が済んだというので、部屋を出ようとする。
「待て!」
ジュンは男を引き止めた。
「……ひとつ、聞きたいことがある。コノミの連絡先を知らないか? ……あの時、これきりだと思ったから聞かなかったんだ」
男は、メモを取り出し、スマホの番号を書く。メモに書き終えると、ジュンに手渡した。
***
自宅マンションに戻ったジュンは、渡された食料を手に取る。パックの中に入っている赤い液体。これが、ジュンの食料である。
パックを開け、赤い液体を口の中に流し込む。温く、鉄の味がする。喉ごしは重たく、爽快感がない。しかし、ジュンの口には、この上無い美味であった。それと同時に、深い絶望感を味わった。
――これからどうしようか――ジュンは将来のことなんか考えたくなかった。だが、頭から遠ざけようとするほど、将来に対する不安が募る。
バンド活動は基本夜になされるとはいえ、打ち合わせなんかは昼間にやるものだ。今はリモートでできなくはないとはいえ、メンバーやスタッフに迷惑をかけることは間違いない。
それにしても『スロートバイト』名前は聞いたことがあるが、文字通り人生を一変させるようなクスリだとは思いもよらなかった。
なんでも、キメたとき喉に噛みつきたくなるから『スロートバイト』という名前がついたのだそうだ。
ジュンはこの話を聞いたとき、「喉に噛みつきたくなるようなクスリとは、どんだけヤバいんだ。そんなもんが流行ってるとは、まったく世も末だ」と思ったことを、ふと思い出した。
――しかし、興味がないわけではなかった。
というのも、ジュンは度々、薬物に手を出していたからだ。
初めは好奇心だった。
でも、何かあるにつけて、薬物に頼ることが多くなってきたため、今ではすっかり、ジャンキーになってしまった。
先のスロートバイトの話だって、懇意にしているバイヤーから聞いたものだ。
だから、コノミから「スロートバイト」を出されたとき、ついキメてしまったのだろう。
『好奇心は猫を殺す』とは正にこの事だ、などと妙に冷静になっている自分に、ジュンは苦笑する。
再会したところで事態が好転するなんて思ってはないのだが、ジュンは男に教えて貰った番号にかけてみた。
電話にはコノミが出てきた。
コノミは、思いがけない人物からかかってきたというので、妙に沸き立っている。
会う約束を取り付けると、ジュンはさっさと電話を切った。
***
日没後、ジュンはコノミと約束した場所に向かう。辺りは暗くなっている。
ジュンの目に、眩い光景が広がる。ビルの明かりや看板が星のように瞬く。人々のけたたましい喚き声のような話し声が、耳に響く。それには息遣いさえ感じ取れた。
夜間でも、仕事でしょっちゅう外出してたので夜には慣れているつもりだった。でも、以前とは、感じ方が全く違う。
夜の方が好ましい――そう思う自分に、ジュンは恐ろしくなってきた。
そんなことを考えてるうちに、目的地に到着する。
「来てくれたんだ」
コノミは先に来ていた。ジュンの姿を見て、嬉しそうに声を上げる。ジュンとコノミは人気のない所に移動した。
ジュンは辺りを見回す。人がいないことを確認すると、コノミに詰問した。
「なんで俺にあんなもん飲ませたんだ!」
コノミは詰問されても動じない。むしろ恍惚とした表情を浮かべる。そして、こう言い放った。
「ゴスペルトゥヴァンパイアーズは、ヴァンパイアがメンバーなのよ。むしろヴァンパイアこそ本来の姿じゃない。私は眷族よ。身も心もバンドに捧げたの」
眷属というのは、ゴスペルトゥヴァンパイアーズのファンのことだ。コノミの口から眷属という言葉を聞いた時、ジュンは噛みつかんばかりの顔つきになった。
――こんなイカれた女のせいで、俺の人生は終わったのか――。
コノミは夢見心地になっている。それを見たジュンの怒りは頂点に達した。ついに、コノミを殴ろうと飛びかかる――
ジュンの後頚部に、刺すような痛みが走った。次の瞬間、体が四散する。
目の前にいるジュンが、突如、原型を留めぬ肉片に変わり果てた。
コノミは何が起こったのか理解できず、立ち尽くす。
少し時間を置いて、コノミの体も四散した。
「ヴァンパイアを二体発見したから、始末したぞ」
ジェイは放ったコウモリを回収する。その間、ウラトから支給されたスマホを操作し、アサトに連絡をする。
『まさか、屋外でやったのか? 見てるものがいるかもしれないのに』
「誰も見てない。そこは確認した」
『まあいい、今日は帰るとしよう』
「ところで、携帯端末も随分前時代的だな。わざわざ触るか話しかけないと操作できないから面倒なんだが。オマケに目視操作ができないときてる。やっぱり二しゅ」
アサトはスマホの通話を切った。
***
――後日。
「ただいま戻りました」
カナは、ウラトに「アトロでウニクロの服とスニーカーを買いたい」と無茶を承知で申し出る 。
ウラトから「今の服装の方が余の好みだがよかろう」という許可を得たので、レイハと共にアトロで買い物をし、帰ってきたところであった。
カナは、自分の使っている部屋に入る。そこで先程買ってきた、パーカーとショートパンツに着替えた。
レイハはカナと共に部屋までついていってたのだが、着替えている最中、レイハは部屋の外に出た。
レイハは着替えが終わるのを待っている間、スマホを操作している。その際、通知欄に、こんなニュースが飛び込んできた。
『ゴスペルトゥヴァンパイアーズのジュンが行方不明。バンドは新メンバーを加入』
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