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悲劇の魔女、フィーネ 23
「そ、そんな…こ、ここは…何も無い荒地だったはずなのに…」
アドラー城は大きな満月を背に不気味なシルエットとして背景に溶け込んでいるように見えた。
「…」
フィオーネは無言でシートベルトを外すと、車の扉を開けて外に出ようとした。
「待てっ!何所へ行くつもりなんだ?!」
慌てて彼女の細い肩を掴んで引き留めた。
「何所へ…?そんな事は決まっています。あの城へ向かうのです」
「駄目だっ!あの城へ行っては…っ!行ったらただでは済まないぞっ!」
そうだ、俺のような平凡な人間だって分る。あの城に行ったらとんでもない事になると…。
「駄目です。今夜絶対に私はあの城へ行かなくてはならないのです。彼等が…私を呼んでいるから」
「彼等?彼等って…一体誰なんだ…?」
フィオーネが何を言っているのか…半分は分ってはいたが、聞かずにはいられなかった。俺の考えとは違う答えを望んでいたからだ。
だが…。
「彼等とは300年前にこの城でフィーネによって殺害された者達の事です。300年前の悲劇があの城でこれから再現されるのです。私は行かなければなりません」
フィオーネは淡々と語る。
「何だって…?300年前の悲劇の再現…だって…?ま、まさか…」
「…」
フィオーネは顔を伏せて俺と視線を合わせようとしない。
「答えてくれっ!フィオーネッ!」
俺はフィオーネの両肩を掴むと言った。すると…。
「ユリウスさん…。本当はもう気付いているのですよね?私が…魔女フィーネだと言う事に…」
「!そ、それは…だ、だが…あの話は300年も前の話だ。普通の人間が300年も生きられるはずが無いだろう?」
冷静を装って話しているつもりだったが…俺の声は震えていた。
「私は、残虐な魔女となり…最期は神聖魔法によって塵となって消えました。本当の私は300年前に死んでいるのです。けれども私はユリアンの生気を吸い取り…再び肉体を取り戻したのです。この身体は既に一度ほろんだ身体であるので私にとってはただの魂の入れ物でしかありません。その為決して老いる事も死ぬことも無いのです」
魂の入れ物…その言葉に何故か俺はカッとなった。
「ただの魂の入れ物だって…?嘘だっ!そんなはずない!だったら俺が君を抱いた時…あんな反応をするはずはないだろう?!俺の腕の中で…甘い声をあげていたじゃないかっ!」
「そ、それは…」
フィオーネの顔が真っ赤になる。
そうだ…彼女は俺にとっては…ただの一人きりの愛しい恋人なんだ…!
「どうしても認めないと言うなら…今、ここで同じ事をしてみようかっ?!」
フィオーネの服に手を掛けようとした時…。
「う…」
突如、急激な眠気が俺を襲って来た。
「な、何だ…これ…は…?」
眠くなっている場合では無いのに、この眠気にはどうしてもあがなう事が出来ない。
強烈な眠気のせいで身体の言う事が聞かない。
ガチャ…
遠くの方で扉の開く音が聞こえる。
「ごめんなさい…私、行かないといけないの…」
駄目だ…行くな…フィオーネ…。
「さようなら、ユリアン。貴方を…愛していたわ。もう一度貴方に会えて…愛し合う事が出来て…私は幸せでした…」
ユリアンだって?
違う…俺の名はユリウスだ。
しかし…最後に意識を失う瞬間、思った。
久しぶりに…その名で呼ばれた――と…。
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