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毒島はひと通りのことを教えると「表に出て患者さんの対応をするのは結愛と陽太。リンは裏に居て、これから教えることをやって」と言った。
それに噛み付いたのは陽太だった。
「それってリンに表に出てくるなってこと!?」
「まあ、そうだね」
「リンが耳が聞こえないから裏にいろってこと!?」
毒島は陽太がそこまで言うと片眉を上げた。
「そりゃそうだろ。いいか、患者さんはリンが耳が聞こえないってことは知らないんだ。ここに来る患者さんの中にはペットの病気が心配で堪らなくて苛々してるって人もいる。そんな人がリンが聞こえないことを知らなくて、ちゃんと聞いてるのかって怒鳴るかもしれない。そうならないって保証はないだろう?」
「それは……」
「そんなのどっちも不幸だろ?」
陽太はハッとしてすぐに項垂れた。
「……ごめんなさい」
毒島はそんな陽太の頭をくしゃっと撫でた。
「リンにしか出来ない仕事もあるんだ」
そう言ってリンの顔を見た。毒島はさっさと奥へ歩いて行った。リンは陽太の手をとって毒島のあとを追った。
結愛はそれを見ていて毒島はやっぱり優しい人だと思った。そしてそれを陽太もリンも分かっていると。
リンは入院してる動物のお世話をすることになった。入院の準備をしたり、退院していったところを掃除をしたり、見てていつもと同じかどうかチェックして水瀬に報告する係だ。それを観察日記に記入する。
「分からない字があったら陽太に聞きな。陽太はちゃんと教えてやって」毒島はそう指示した。
リンはきっと字を書くのが苦手だろうから少しでも練習になればという水瀬の配慮だった。
「少しの変化で動物は死んじゃうから。ちゃんと見てないと駄目だ」
毒島はそう言ってリンと陽太に釘を刺した。もちろん水瀬の責任であることには変わりないのだが、こうやってひと言付け加えるだけで、責任感はグッと高まった。
「よろ……し、ぐ」
「リン! 頑張ろうぜ!」
陽太はそう言ってリンの肩を掴んだ。うんうんと結愛が見守っていると、ふいに声がした。
「ごめんねえ。手術が長引いちゃって。ちゃんと教えてもらったかな?」手術を終えた水瀬がやって来ていた。
「ああああ」
「うわっ!」
リンと陽太は声を上げ、驚いたように固まってしまった。
「センセイ。はやる気持ちは分かるけど、そのスクラブは替えてから来てもらえないかなあ」
毒島は水瀬に目をやると呆れたように頭を掻いた。「この子らビックリしてるじゃん」
慌てて水瀬は下を向いた。スクラブは血だらけだった。「あ。ごめんねえ」水瀬は慌てて奥に引っ込んで行った。
「──なあ。あんなに血が出て大丈夫なのか?」陽太は毒島を見上げた。
「手術なら普通じゃん。早いとこ慣れな」
毒島はなんてことないように答えた。リンは陽太に上着の裾を握りしめたままだった。
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