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水瀬が着替えて戻ってくると、毒島は「時間だから」と慌てて帰って行った。
「──毒島さんからはちゃんと教えてもらえたかな?」
「おう! いい人だよな、あのおねえさん」陽太はリンに言った。リンも何度も頷いた。
「君がリンちゃん? 自己紹介が遅れたね。院長の水瀬です」
「リン、で、す」
「この先生はすげえんだぞ! 仔猫の命を助けてくれたんだ!」
陽太がそう言うとリンの顔がパアっと明るくなった。
「それは言い過ぎだよ」水瀬は苦笑しながら言った。実際に脚に障害が残ってしまったのだ。
陽太は相変わらず「すごいすごい」を連発していたが、水瀬の顔が晴れることがなかったのを結愛は見逃さなかった。やはり心のどこかで悔いが残ってるのかもしれないとふと思った。
「今日は午後の診察は休みだから、車で送って行くよ」と水瀬は言った。結愛は断ったが水瀬は穏やかな笑顔のわりに譲らなかった。それから少し仕事をすると、一旦病院を閉めた。車は裏手の駐車場に置いてあるという。結愛達はそこに向かうことにした。
「──すげえッ! かっこいい!」
陽太は車を見るとすぐに声を上げた。黒と深い緑色。確かに街中を走るというよりは山道なんかが似合うゴツいスポーツタイプの車に見えた。
「なんて車?」
「レンジローバーのディフェンダーって車だよ」
「デカいし、なんか車の上に付いてるし。それにデカい!」
「キャンプに行ったりもするけど、この車の中で診察することもあるからね」
それを聞いて陽太は目を丸くした。「すげえ!」
早く乗りたいのか陽太は足踏みを始めた。水瀬は鍵を開けると「どうぞ」と後部ドアを開けた。陽太は一目散に乗り込んでリンも後に続いた。
結愛も中を覗き込んだ。見たこともないようなものが車には取り付けられていた。それにシンクのようなものもついていた。シンクの下には病院の中で見たことあるようなキャビネットも備え付けられていた。
「ここで手術をすることはないけど、出来ないことはないよ」水瀬はそう言って笑った。
「じゃあ動物の救急車だ!」陽太は声を上げた。
「きゅう、ぎゅう、しゃ」リンも嬉しそうに言った。
きっと休みの日でさえ動物のことを考えているんだろうと結愛は思った。青塚にも見習って欲しいものだ。
水瀬は二人にシートベルトをすると運転席に戻ってきた。結愛は助手席に乗り込んだ。後ろの二人は何か言い合ってまだワクワクしている。
「じゃあ、最初はリンちゃんのお家からだよ」水瀬はそう言って車を発進させた。
リンの家に着くと何故か水瀬も車を降りた。「リンちゃんのご両親に挨拶しなくちゃね」
じゃあ僕もと言って陽太も車を降りた。結愛も向かいたかったがちょうど須美から電話がかかってきて、水瀬からは車に残ってるように指示された。
須美の用事は香川の部下が週末に仔猫を見に来てもいいかということだった。結愛は快くそれを受けた。なんとなく須美の言葉が硬かったは気のせいだろうか。
結愛は電話を終えるとアパートのほうに目を向けた。リンの両親は玄関口まで出て来ているようだった。窓を細く開けると、英語が聞こえた。水瀬はリンの両親とは英語で話しているようだ。なんでも出来る人なんだなあと改めて感心した。
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