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「──あった」
結愛は桃のひと言で慌ててそばまで寄って行った。
「見て」桃が指差した画面には同じサンダルがあった。「このアカウント」
結愛が見てみると、どうもあのおばさんのものとは思えないものだった。
「横浜の昔からある有名な住宅街に住む」
「これだけ見たら〈山手〉かなとか思うよね」
確かに桃の言うとおりだった。フォロワーは勝手に〈山手〉変換していて、いつの間にか〈山手に住むセレブなマダム〉という設定になっていた。
「セレブなマダム?」結愛は首を傾げた。どう考えても不思議な身なりで、肉を万引きしようとしていた。それに古くからある住宅地だったが、高級住宅街とはいえないところだった。
「そのサンダルに付けた花のモチーフでバズったみたい。画像はよく撮れてるから」
確かに作ったばかりの時は〈花〉の形をしていた。思ったとおり花弁にはスパンコールが使われていた。綺麗な花のデザインだった。だが今では散々履き古したのだろう。言われれば〈花〉という形を留めているにすぎない。
「100均の材料だけで、サンダルが可愛く盛れるって。しかもクリップでとめるだけだから、気軽に取り外しできるって話題になったみたいよ」
それがハンドメイドの最初の投稿だった。それからいくつか投稿している。ファンもついているのか、それなりに評価はされているようだった。
結愛は最新の投稿を確認する。思ったとおりだった。最近またバズっている。
「ちょっと周りを洗ってみる。なんか分かるかも」
「お願いします」結愛は頭を下げた。
そろそろ出来上がるという頃、石山のスマホが鳴った。慌てて出ると、向こうから何か叫んでるような高い声がした。
「──だから、それは龍さんに頼まれたっていうか。違うって」
なにか揉めているようだった。
「だーかーらー。違うって。浮気なんかするわけねえだろ? 誰だよ、白楽で見たなんて言った奴」
うん? 結愛はそれを聞いてふと考えた。電話の相手は石山の彼女で、もしかして浮気を疑われているのか? 白楽といえば自分と一緒に行ったところであった。
「もうすぐ焼きあがるっていうか、焦げんだろ! だから桃さんの家!」
うん。焦げるのは困る。誤解されても困る。
「龍さんに頼まれたって何度言や分かるンだよ!」石山は思わずスマホを離して怒鳴った。そのスマホが不意に抜き取られる。
「──電話かわりました。龍さんの愛人です。頼まれたのは本当です」
石山も桃も固まった。
簡単に説明すると電話の相手は『そ、そういうことなら』とトーンダウンした。どうやら信じてくれたらしい。最後は石山に代わってくれと言われたので、そのまま返した。
石山は「愛してるよ、ハニー」と言って電話を切った。リアルでそんなこと言う人がいるんだと結愛は驚いたけれど。
「──つか、結愛ちゃん。いつからアイツの愛人になったの!?」桃がやっと正気を取り戻して叫んだ。
「聞いてねえぞ!」石山も叫んだ。
「うん。だって口からでまかせだし。龍さんて愛人の一人や二人いそうだなって」結愛はシレッと答えた。
「うーん、それはどうかなあ。彼女も居ないのに?」
「え? でも遊びの一人や二人いますよね?」
「どうだろうなあ……」何故か桃の答えは歯切れが悪かった。「アイツの推しメンは青塚さんだよ?」
「え? そっちですか!」
「違う違う。ああいうふうになりたいって憧れなんだって」
結愛は首を傾げた。おじさんのどこに憧れる要素があるんだ?
「いつもお金に困ってますけど」
「あー。あれは仕方ないかも」桃は苦笑した。
「テメエ、後で龍さんに怒られるからな。とにかくもう飯にすっから!」
あとで謝っておこう。結愛は忘れないように手帳に書いておこうと思った。
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