エピソード1 おパンツの行方 5

3/4
605人が本棚に入れています
本棚に追加
/128ページ
「──証拠ならありますよ」  桃の後ろの暗がりの中から声がした。 「秀実さん……」どうしてここに? 入り口から入って来た人はいなかったというのに。 「裏からの近道があるの。暗いし危険だから滅多に使わないけど。そうそう証拠だったわね。製品番号が付いてるはずだけど? それがどこの誰が購入したのか分かるようになってるのよ。納品書に書いてあるから」  秀実はクラッチバッグの中から紙を取り出した。 「3325691181。違います?」  女性はポケットに忍ばせておいた物を取り出した。慌てて確認する。番号は間違っていなかったようだ、顔色が変わっていくのが分かった。 「だからそれはアタシのです」 「アンタ、デカ女だと思ったけど──〈オカマ〉だったんだ?」  女性は蔑むように口角を上げた。 「ええ、オカマよ。だからおりものシートなんか使わないで普通に履いてるわよ」 「汚いッ!」女性はそう叫ぶと持っていた物を地面に投げつけた。「オカマのくせにこんな上等なレースの物なんて履きやがって!」  そして汚い物のように足で踏みにじった。 「ババア、いい加減にしろ」  石山が女性の腕を掴んで引っ張った。女性はバランスを崩した。それをうまく石山は受け止めて暴れないように肩を掴んだ。 「キャー! 助けてえ! 暴力振るわれたー!」  女性はわざとらしく叫んだ。歩いている人の数は少ないけれど、あまり騒ぐようなら近所から通報されるかもしれない。 「何もしてないのにー! 殴られるー」 「いい加減にしろ、てめえ」  石山は明らかに動揺していた。だが手を離すことはなかった。離したらそのまま逃げるつもりだろう。  結愛は秀実の〈おパンツ〉を拾った。踏まれて汚れていたし、繊細なレースの一部は切れているだろう。もう履けないかもしれない。  そして手のひらで丁寧に砂を払った。 「──なにが汚いですか? 他人の下着ってわかっててマスクを作ったくせに」 結愛は唸るような声で言った。  女性はスーパーでマスクをしていた。色が白だったためその時は気がつかなかったが、マスクカバーには秀実の物と同じレースの柄が使われていた。  女性のアカウントにはお洒落なマスクカバーが披露されていた。 『繊細なレースなのでマスクカバーにしました』と堂々と書かれていた。そのレースを見て、フランス製のレースだと騒がれていたのだ。 「オ、オカマのパンツって分かってれば使わなかったわよ! 汚らしいッ!」 「汚らしい? 〈オカマ〉は法律違反ですか? 他人の物を盗むのは犯罪です。よっぽど性質(タチ)が悪いッ! 自分のやったことを考えろッ!」  結愛は怒鳴った。 「──石山くん。もう離していいわ」  秀実は静かに言った。 「でも……」 「もういいの。物は戻ってきたし」  石山は仏頂面で手を離した。  女性は素早い動きで石山と距離を取った。 「オカマと暴力男が偉そうに! 警察に訴えてやるわ! あー痛かった」  女性はそう言いながらもジリジリと後退りしていった。  石山は舌打ちをした。本当は怒鳴りつけたい気持ちだったに違いない。 「──そんな悠長なことしてて大丈夫ですか? このマスクカバーは実はレースのパンティから作られてますって書いておきましたけど?」  桃は女性のアカウントのページの画面を向けた。「検証画像付きですけど。なんとかしたほうがよくないですか?」  すでに多くの閲覧数があるようだ。『え? いくらなんでも下着をマスクはないかも』『ドン引きー!』などの反応がついていた。  女性は小さな悲鳴をあげると、訳の分からない言葉を呟きながら小走りで去っていった。 「よかったンすか?」石山は悔しそうに呟いた。 「──いいのよ」秀実はそう言った。そして結愛のそばに来てそっと肩に手をのせた。 「だからそんな顔して泣かないの。そんな顔させるためにお願いしたわけじゃないのよ」  結愛は下を向いていたが、くやし涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をしていた。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!