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「ちゃんと帰れる?」
結愛の涙はおさまったけれど、目は腫れていたし鼻の頭は真っ赤だった。
石山が家のすぐ近くまで乗せて行き、結愛と秀実を降ろした。秀実は家の前まで来るとそう声をかけた。
結愛はへの字に口を固く結んで頷いた。
結愛が家に入ろうとすると、急に玄関の扉が開いた。須美だった。
「え? いやだ、どうしたの!?」
結愛はそれを聞くと須美の脇をすり抜けて、家の中に駆け込んで行った。須美の視線は結愛から秀実に移った。
「あの、詳しいことは本人から聞いて下さい。たぶん明日には元気になってると思うんで」
秀実は無理やり笑みを作ると一礼して踵を返した。自分が説明するとややこしくなるだろう。後から青塚には説明するつもりだ。
「佐和さん、結愛をお願い!」
秀実の背後からそんな台詞が聞こえた。
すぐに手首を掴まれた。
「待って。事情を聞かせて」
「いえ、だから本人の口から最初に聞くほうがいいかなって。それから改めてお詫びに伺うっていうか」
「いいから。聞かせて」
「でも」
「きかせて」手首にギリギリと圧が加わる。秀実は180センチの男性の骨格であることは間違いない。その手首が悲鳴をあげていた。
「聞かせてくれるわね?」須美は愛想のいい笑顔を浮かべていた。だが目は笑っていなかった。
秀実は『あの家で本当に怖いのは香川じゃなくて奥方だぞ』という青塚の言葉を思い出していた。
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青塚は予想より長引いた案件のせいで疲れ切っていた。最後の何日かはろくに眠っていない。昨晩遅くになんとか辿り着いて泥のように眠っていた。
結愛には連絡していないが、起きた時にでも連絡すりゃいいか。そう考えたまま眠りについていた。
だが今、事務所の扉を激しく叩かれていた。
「うるせえなあ」つい口からこぼれた。ノロノロと起き上がって事務所の扉の前まで向かう。
──いや待て。結愛に帰ってきたことなど知らせていない。
そう気がついた時には事務所の鍵を開けていた。
「失礼します。今回の富山における盗難車の密輸事件について詳しいことをお聞きしたいと思いまして」
そこには見知った顔があった。
「ああ? そんなの富山県警に聞けよ。俺は知らねえよ」
「ええ。通報があって無事に犯人は逮捕とはなりましたけどね。ですが盗難車の殆どが都内なものでして」
だから出張ってきたのかよ! 青塚は面倒くさそうに一輝を眺めた。
「それに──通報者がずいぶんと詳しい情報を持っていたものでねえ。これはなにか関係があるのでは、と思いまして。ご同行願えますか?」
「任意か?」
「おや。正式な逮捕状をご所望ですか?」
「……いらない。どうせ行くはめになるんだろうから」
「ご協力ありがとうございます」
青塚はすぐに同行してきた男達に両脇を挟まれた。
「まあ。監督者責任とでもいいましょうか」
「なんの話だ?」
「いえ、こちらの話です」
一輝はにっこりと微笑んだ。
警察からは何日かの〈お泊まり〉で解放された。そしてまた秀実がお迎えに来ていた。だがいつもと違って困ったように笑っていた。
「青塚ちゃん、ごめん」
秀実はすぐにそう告げた。そしてことのあらましを話し出した。
「──それで〈監督者責任〉ってわけか」青塚は話を聞き終えるとそう呟いた。
「香川家でやっぱり一番怖いのは奥方だったわ」
それは間違いないが、一輝も大概だと青塚は思った。
「香川は?」
「彼氏が出来て遅くなってるわけじゃないからよかったって」
どうしてそこは斜め上なんだろうな。いっそのこともう辞めさせるって言っても良さそうなのに。青塚は自然と眉間に皺が寄った。
「──結愛ちゃんが絶対辞めないって譲らなかったらしいわよ」
「面倒くせえな」
「『おじさんに比べたらまだまだだから』って」
「当たり前だろうが。あんなガキと一緒にすンな」
「だから頑張っておじさんみたいになるんだーって。嬉しい?」
「嬉しいわけあるか」
「だからビール奢るわよ」
秀実はすまなそうに言った。それはさすがに秀実のせいではあるまい。青塚はありがたいがそこは遠慮することにした。
「いいのよ、嬉しかったんだから。アタシのためにあんな顔して泣いてくれるなんて。だから奢り!」
そう言って秀実は青塚の腕を取った。
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