エピソード1 おパンツの行方 6

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「──定期借地権付住宅?」 「建物とかうわものは住んでる者の財産だが、土地は期限付きで借りてるってことだ。つまりあの家の価値はほとんどない」そう青塚は説明した。 「すべて虚構の中で暮らしてるようなもんだったんだろうな」青塚はそう呟いた。  かつては安価で借りられたが結局は何も残らないということに、晩年になって後悔したのかもしれない。パート勤めをしても同僚とトラブルばかり起こしていて、どれも長続きしていなかった。子育ての終了による喪失感、夫の浮気、残らない財産、キャリアのない自分。何かが壊れたとしてもおかしくはない。だからといってそれが他人の財産を侵害していい理由にはならない。  恐ろしく自己顕示欲が強い女だったのかもしれないなと青塚は思った。結愛はまだそのあたりを理解することは出来ないかもしれない。  結愛は何か考え事をしているようで、じっと報告書を見つめたままだった。 「──報告者 神代宗吾?」 「お前さんはその名前に聞き覚えはないか?」青塚がそう尋ねると結愛は首を捻った。そして「ああ」と思い出したように声をあげた。 「二代目爺やが神代さんて名前だった気がする」 「二代目爺や?」 「爺やがもうお歳だから後任を育成しなきゃって。それで紹介されたのが神代さんって人」 「もしかして背が高くてガタいのいい男で、ダンディな白髪で眼鏡かけた奴か?」 「うん。そんな感じ。背は秀実さんくらい高かった。ガッチリした人」 「それが二代目爺や?」青塚の問いに結愛は頷いた。 「おじさんの知ってる人?」 「知ってるってか話したことはねえけどな。こないだまで国家公安委員長だった人だ。定年になったと聞いてたけど。なんつーとこに再就職してンだよ……奥方の実家はマジなんなんだ」  青塚はブツブツとぼやき出した。 「なんか爺やがスカウトしてきたって」 「谷田さんにそんなことやらせるなよ、面倒くせえわ。それに──」 「それに?」 「神代さんは桃のモロタイプだろ? だから今回その報告書作るのにめちゃくちゃ関与してる」 「推しってこと?」 「まあ、アイツの言葉で言ったら〈推し〉ってことになるんだろうなあ」  結愛は桃のクローゼットの中の香川の隣に神代の写真が置かれるんだろうかと思いを巡らせた。 「まあ、お前さんもそれなりには頑張ったな」  結愛は驚いて青塚に目を向けた。 「だからこれからは」 「うん。早くおじさんみたいになれるようにもっと頑張る!」 「は?」 「おじさんに楽させてあげたいの」 「別にそこまで年寄りじゃねえわ」  だっていつも怪しくて危ない仕事ばかりなんて。もっとおじさんの手助けを出来るようになりたい。 「いや。余計なことすンなって。なあ聞いてる? 俺の寿命が縮むっていうか、おもに香川家絡みで」  結愛は気合いを入れてパソコンに向かった。  何か忘れてる気がしたのだが──まあ、いいか。  fin
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