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濡れた髪をタオルで拭いながら寝室に戻ると、そこには、先程と寸分違わない表情で虚空を見つめる父の姿があった。
一体、誰が悪かったのだろう。
幼い頃から浮気を繰り返す母を、軽蔑していた。
何を考えているか分からない父が、怖かった。
けれど、幸せな時も確かにあった。
三人で動物園に行った時、お土産屋さんで駄々をこねる私に、父がこっそりキリンのシールを買ってくれたこと。運動会のリレーで転んで泣きべそをかく私を父が必死に慰め、母が手作りのおにぎりを食べさせてくれたこと。母と一緒にケーキを作って、父の誕生日にサプライズを仕掛けたこと。
ふと、幼い頃に見た記憶が蘇った。
父がうなされて飛び起きた後、寝ている母を叩き起こし、髪を掴んで乱暴している場面だ。
母はきっと、見えないところで、私と同じ目に遭ってきたのだろう。父の束縛と暴力によって精神に異常をきたし、他の男に依存するようになった。
そして、2年前のあの日、ついに我慢の糸が切れ、家を出て行ったのだ。
母は一人で、父と戦っていた。
父は一人で、悪夢と戦っていた。
「辛かった?」
「……」
父に尋ねた。彼は返事をしなかった。
「おやすみ、おとうさん」
もう苦しまなくていいよ。
大きく見開かれたままの目を閉じ、二度と寝息を立てることのない身体をそっと抱き締めた。
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