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1 ストーカー確認 (安藤瑠音)
(茶色い髪…)
またいる。またと言うか、今日もいるというか。
新学期が始まってここ暫く、毎日校門に待ち伏せてる近隣他校の制服を着た男子生徒。
俺が下校する為に出ていくと、後ろからついてくる。
あまりにも普通っぽい奴なんで、最初は俺目当てのストーカーだとはわからなかったんだが、下校中に立ち寄る店なんかにももれなく着いてくる事に、徐々に違和感を覚えた。
これは気の所為じゃねえなと確信して、何日か経過した時、コンビニ出たらやっぱり後ろからついてきた本人を捕まえて、聞いてみた。
『あのさ、俺を尾けてる?』
近づいてきたのを見計らって、素早く振り向いて捕まえた手首は細かった。
まあ、俺より身長は低いなとは思ってた。体格で勝ってなきゃ、ストーカーかもしれない相手にいきなり接触するなんて真似、いくら俺でもしない。
捕まえたそいつの顔を見ると、やっぱり知らない奴なんだよ。お前マジ誰。
『あっ…あの、その…僕、』
真っ赤な顔をして俺の顔を見つめてくる、特徴のない平凡面。いやマジで特徴ねーな。髪が茶色いのは、これはお洒落で染めてるってタイプじゃなさそうだから、元々色素が薄いのか?
…いや、うっす…。塩?薄塩?
でも色白だから、赤くなったのは顔だけじゃなくて、耳も首も。…ちょっとエロいな…。
そう思った所で我に返って、俺は平凡男子に向かって聞いた。
『何で俺についてくるんだ?俺に何か恨みでもあんの?
アンタのカノジョにでも手ぇ出してたかな?もしそうならごめんな?』
一応そうは言ってみたけど、それなりにモテる自覚があるとはいえ、彼氏持ちの女って知ってて手を出す筈はないから身に覚えはない。でも過去に、俺に告白したいが為に付き合ってた彼氏と別れたって女がいてトラブった事があったのは確かだ。その場合俺が全く悪くはなくても謝ってやらないと、切られた男は気が済まないだろう。
その時は結局、当時付き合ってた相手が居たからその女の告白は断ってたんだが、それは相手の男には関係ないらしいしな。
セフレや、一度きりの遊びの関係を持つような節操無しでもないつもりだから、その線も無い筈なんだけど。
俺は捕まえた男子生徒の顔を見ながら、答えを待った。目が潤み出す男子生徒。え、まさか泣かないよな?
『ちが…安藤くんに恨みなんて…。』
……名前知られてる。
フルネームは安藤瑠音(あんどう るね)。
瑠音って何だろ。ウチの親族、見渡す限り純日本人しかいねーのに。
名前を知られていた事に俺は若干たじろいだが、、直ぐに気を取り直した。何日も尾けるくらいなんだから、そりゃ名前くらいは知ってるか。
『恨みはない。なら、何?なんで尾けてくんの?』
逆上されるのは面倒なので、今度はなるべく穏やかな声と口調を心掛けて聞いた。
すると、男子生徒は薄い唇を小さくパクパクと物言いだけに動かすが、それは声にならず空気が漏れるばかり。
俺はウチのじいちゃんが飼っている金魚を思い出した。ちょうど真っ赤になってて、そっくりじゃないだろうか。金魚の中でも地味な和金だけどな。祭りの金魚掬いでお馴染みのやつ。
て事で、俺の心の中でこいつの名前はキンギョくんに決定した。
キンギョくんは、俺の顔と掴まれている自分の手首を交互に見ながら、…呼吸が乱れてきた。
『ぼ、僕…っ、あの…、あ、安藤、くんに…っ、』
『俺に?』
『ぁ…こがれ、てて…』
『……』
俺は一気に力が抜けた。
なんだ、こいつ只のホモか。なら別にいっか。
俺自身は同性への興味は無いが、他人の性嗜好は個人の自由だと思っている。俺に害がなければ別に構わない。
俺はキンギョくんの手を離した。ぶっちゃけキンギョくんの息が荒ぶってきてるのが気持ち悪かったってのもある。
キンギョくんは離された手首を名残惜しそうに見て、とっても悲しそうな表情で俺を見た。
切なげに眉を寄せたその顔に少しどきりとする。
『…ごめんなさい。見てるだけ…。ダメ、ですか?』
不安げな上目遣いは、多分偶然のもの。
女子みたいに自分をアピる化粧もあざとさもない、特に可愛くもイケメンでもないその顔にグッと来たのは、多分その大きくも小さくもない、伏せられた奥二重の目が潤んできらきらして見えたから。睫毛みじかっ。
でも短いけどびっしりだな。子供みたいで結構可愛いんじゃね?
計算してない、そのままの感情や表情を見せてくれる子って初めてだった。
受け入れるかどうかは別として、嫌いじゃない。
俺は思わず答えていた。
『…いやまあ、ダメって事はない、けどさ』
するとキンギョくんはパアッと表情を明るくして、
『あ、ありがとう、ございますっ…!』
と笑った。
その顔を見て俺は思った。
(あれ?アリよりのアリ…かも?)
今告白されたら、俺、受けても良いかも。
男は初めてだけど、別に嫌じゃないかも。
俺はキンギョくんの頭のてっぺんから足の爪先迄を観察した。
推定身長170cm前後、体重は…やや細身で筋肉質でもなさそうだから、多分、55~60kg?
目立たない、平凡な、その辺に結構いそうな普通~の男子生徒だ。でも清潔感はある。高くはない鼻も薄い唇も、よく見りゃ形は悪くなくて可愛いと思えなくもない。
そうか。俺、男もイケたのか。案外節操なかったわ。
『あ、うん。別に』
俺はそう言いながらキンギョくんからの告白を待った。だって、ここ迄ばれたら普通、流れで告白されるものかなって思うじゃん?ついでに白状するか、ってなりそうじゃん?
だが、キンギョくんは違った…。
『ありがとう、本当にありがとう…っ!
これからも末永く見守って良いですか?!』
(末永く…?)
末永くストーキングするつもりか、と思ったが、きらきらした目でそんな事を言われてしまったから、俺はそれにも頷いた。もうこの時点で、OK出し待ち。
だから早く俺に好きだと言いなさい、という気持ち。
『じゃあ、これからもよろしくお願いします!
なるべくご迷惑はお掛けしませんので、安藤くんも僕の存在は気にしないでくださいね!』
『…は?え、うん?』
『じゃあ!』
笑顔で90度の礼をして、たたたっとブレザーの裾をはためかせながら走って行って、少し離れた家の塀の影に身を隠し、そっと此方を見るキンギョくん。エツコ・イチハラ?
嘘だろ…。
(…何でそうなるんだ?)
告白された事は数あれど、こんなケースは初めてで、俺の中ではある種のゲシュタルト崩壊が。
…いや、待って?毎日尾行するくらい憧れてて、って、つまりそれは好意って事だよな。好きって意味じゃないのか?
それとも、純粋な憧れだけで同性相手にストーカー行為とかってするもん?
まさか、俺みたいになりたーいって方の憧れ?
もしくは、実は嫌がらせ…?
いやいや、俺を見るあの目は違った…。嫌がらせする相手にあんなきらきら目を輝かせたりしないよな。
明らかに俺を好きだと訴える輝きだったよね。
俺はわからなくなった。
塀の影に身を潜め(られてはいない。)て俺を見つめているキンギョくんと、その彼を呆然として見ている俺。
横を通り過ぎていく通行人の視線が痛い。
(えっ…と…)
「…帰るか」
狐につままれた気持ちってこんな感じなのかな…。
心做しか覇気を無くし、家路を辿った俺が、家の玄関に入り、自室に入ってそっと窓から外を見ると、やはり未だキンギョくんは、向かいの平田さんちの前の電柱の影から此方を見ていた。
俺がカーテンの影から暫く見ていると、キンギョくんは制服の上着の右ポケットからスマホを取り出し、何かを打っているようだった。
そして、それが終わると再び俺の部屋を見上げてきて、何かこくりと頷いた。
なんだ、その頷き。まさか俺に気づいて…は、ないみたいだな。
ならば、何に対する納得なんだキンギョくん…。
それからキンギョくんは、何故か笑顔でスキップをしながらその場を離れた。
俺は目が良いから、間違い無くそれが見えた。多分、今日はもうこれ以上の進展というか変化は無いと思って帰ったんだろうけど…。
普通、隠密行動を取っているつもりの人間が、スキップなんて目立つ事、するか?まさか、何時もじゃないだろうな。
というか、スキップしたくなる程の気持ちの昂る事が起きたというのか、キンギョくん。
「…あ、もしかして、俺と接触したから?」
ふとそう思った。
実際のところはわからないが、一応キンギョくんは俺に対してある種の好意を抱いているんだろうから、あながち自惚れでは無い筈だ。
俺はスキップで小さくなっていくキンギョくんの姿を、窓を開けて見送った。
夕方6時過ぎの住宅街の中の道で、男子高校生のスキップはとても浮いていて、その所為か通りがかった猫にも威嚇されているのが見えた。
「…おもしれー奴」
まさか自分の口からこのセリフが溢れる日が来るとは。
キンギョくんの姿が消えて、俺は少し苦笑しながら窓を閉めた。
そして、思った。
「名前、聞くの忘れたな」
キンギョくんは翌日も変わらず、放課後の校門に現れた。
現れたが、俺が近づこうとするとあからさまに距離を取るようになった。
何なら目が合うと瞬時に目を伏せる。
俺と直接接触するのを避けているのは明らかだった。
(付き合いたい訳じゃなくて、ストーカーしたいだけなのかよ…)
だとしたら、俺にはよくわからない心理だ。
けれどキンギョくんがそっちの方が良いというなら、本人の意思を尊重すべきだろうか。本人が望んでないのに無理矢理付き合わせるってのも、何だし…。
今にして思うと、ストーカーの意思を尊重って辺りに既に引き返せない何かを感じるが、当時の俺はそこに全く気づいてはいなかった。
それから3ヶ月。
俺は未だに名前も知らない(仮)キンギョくんに、晴れた日も雨の日も風の日も、ストーカーされ続けているのだった。
しかし、他校の制服を着た地味っ子が人目を引かない訳もなく、キンギョくんの姿に馴染んだウチの学校の生徒の中にも、彼に声を掛ける者がポツポツ現れ出した。
「よう、ジミオ。今日もご苦労だな」
「こんにちは金さん」
「…てめぇ…北町奉行みたいに呼ぶのやめろっつったろ…」
覚えのある声の会話に振り向くと、ウチの学校の問題児・東山がキンギョくんに声を掛けていた。
東山は最近、ちょくちょくキンギョくんに馴れ馴れしく声をかけている不届き者だ。金に染めた髪がトレードマーク。
顔は厳ついけど、まあイケメンではある。
そこに喧嘩で培われた筋肉に覆われた屈強そうな体ときたら、ヤンキー男達と、ある系統の女子達にはカリスマ的にモテている。
それが何の気紛れか、俺を出待ちするキンギョくんに興味を持ってしまった。
危険過ぎる。カツアゲとかフクロとかにされてしまうぞキンギョくん。半袖から見えている二の腕には、当初の予想通り全く筋肉なんかなかった。
しかしそんな俺のハラハラとは裏腹に、キンギョくんは東山と妙に馴染んでしまった。何故だ。君は現在進行形で俺が好きなんじゃないのか。
「だって、金色だし…」
某時代劇の主人公のように呼ばれた東山が不満を漏らすと、キンギョくんはそう言い返した。怖いもの知らずなのかキンギョくん。
「おう、お前熱心だなァ。そんなに男のケツ追っかけてどうすんだよ」
「こんにちは青井くん」
「…宇津木だ。
てめぇは色認識しか出来ねえのか」
新手が来た。
東山の悪友、宇津木だ。
因みに髪の色が鮮やかに青。東山とは正反対の軟派な緩い雰囲気イケメンで、あらゆる系統の女子に人気がある。
どうやらキンギョくんは、髪色で相手を呼んでいるようだった。
「時間潰しならほかをあたってくださいね。僕は忙しいんです。安藤くんの観察に」
「…お前、大物だよな」
東山がそう呟いたのが聞こえて、俺はブッと吹き出してしまった。
「シッ、もう少し声量落として!安藤くんに聞こえたら僕が追ってる事がバレちゃいます…!」
「…お前、それ本気?」
宇津木が呆れたように言ってるそれに、俺も激しく同意だ。
嘘だろ…。バレてないって思ってたのかよ…キンギョくん、マジで凄いな。
3ヶ月、休みの日は家の近所で張り、登校日は校門前で出待ちしてんのに、俺にバレたのはあの日だけだと思ってんのか…。
どんだけ自分の隠蔽力に自信あんの?
同じ制服でもないのに。
(キンギョくんって天然なのかな…?)
後ろでヤンキー二人と戯れているキンギョくんに少しモヤモヤしながら、俺は今日も気づいていないていを装いながら帰る。
あいつら、何でキンギョくんと仲良く喋ってんだよ。
キンギョくんも、俺とはあれ以来喋らないし近寄らせてもくれない癖に、何で俺以外の連中とは気軽に話してんの?
俺だってキンギョくんと…。
何だか俺は悲しくなってきて、早足で歩いた。
だってキンギョくんは俺の事をきっと色々知ってるのに、俺は彼の名前すら知らないんだ。
やっぱストーカーなんてロクなもんじゃない。
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