15 続・バルザリー家にようこそ

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15 続・バルザリー家にようこそ

 高い塔の窓から、二人の男がぶら下がっている。  一人はバルザリー家執事ジャン、そしてもう一人は異世界人ミナト。……つまりは俺だ。  執事ジャンは片腕で二人分の体重を支えており……  どうやら長時間耐えるのは無理そうだ。 「俺の勝ちです」  部屋の物を3回動かすと、俺と部屋の状態が全てリセットされる技能(スキル)『赤い13号室(ループ・ルール・ルーム)』。  今、俺はそのリセットを押すスイッチを握ったまま、執事ジャンに手を握られている。  そのリセットの対象に技能(スキル)保持者であるジャン自信は含まれていない。 「俺が落下すれば……当然ギター弦が引っ張られてティーカップが落ちます。それはすなわち、部屋のリセットが発生するスイッチとなり……俺だけが部屋に戻る」  仮にジャンが俺の手を放して自分だけ部屋に上ろうとしたとしても……  部屋のリセットにより窓も閉まり、結果ジャンは助からないだろう。  逆にジャンが俺を引き上げて二人で登ろうとしたとしたら……  俺は弦を少し引っ張ってリセットを発生させ、やはりジャンは助からない。  この状況でジャンが選択できる手段はたった一つ。  それは俺がこの部屋を脱出するために必ず成し遂げなければならない条件でもある。  すなわち、技能(スキル)『赤い13号室(ループ・ルール・ルーム)』の解除である。 「さぁ、解除してください。貴方の技能(スキル)」 「はぁッ!はっ!……まさか、ミナト様がこんな策を思いつき、実行なさるとは……驚きました……ッ!」  ジャンは必死に俺を落とすまいと、何度も力を込めて握りなおす。  おそらくティナ譲から俺を傷つけず、逃がしてはならないと言われているんだろう。  ある意味、執事ジャンのその行動が俺にチャンスをもたらした。  俺は言う。 「このままじゃ、あなただけ落下しますよ?……はやく解除してください」  しかし、俺の勝利はほぼ決定的ではあったものの、確定にまでは至っていなかった。  もっと言えばジャンの敗北は決定しているが、俺の勝利は確定していない。  なぜなら技能(スキル)の解除は勝利の最低条件に過ぎず……  その場合、俺の落下を助けてくれるリセットも発生しなくなるため、直接ジャンに引き上げてもらう必要がある。  執事ジャンのティナ譲への忠誠心から見て、俺を見殺しにすることはないだろうが……  むしろ勝負が長引くことで、ジャンに俺を引き上げる腕力が無くなることの方が問題だった。 「ジャンさん、貴方の負けです。はやく技能(スキル)を解除してください。二人で落ちたくはないでしょう」 「ミナト様……私は……」  しかし、ジャンから放たれた言葉は驚愕の一言だった。 「私は、ここから落下するのは怖くありません。……大怪我はするでしょう。しかし、今までここから何度落とされても命に別状はなかった」 「……え?」  今まで……何度も落とされた?  何を言い出したこの人。 「落とされ……た?」 「ティナ譲のお仕置きで……3度ほどここから落とされました」 (……うそだろ) 「しかし、私はティナ譲から『技能(スキル)を解除するな』と言われいる……。落ちることよりも、私にとってはその命令に背くことの方がよっぽど問題なのですッ!」  ……絶句する。  マジで言ってるのかこの人。 「ッ!」  その時、執事の姿が徐々に変化しているのに気づいた。  手や顔中から毛が伸びて、体も徐々に大きくなっていく。  彼の端正な顔立ちも、鼻が前に伸びて毛むくじゃらの獣のようになった。  変貌する彼に俺が言う。 「あなた、亜人だったんですか……」 「えぇ……キツネの獣人。人間様よりも大分丈夫な肉体を持っておりますが……。……ッ!」  しかしその丈夫な肉体でも、長時間指先だけで二人分の体重を支えるのは難しいらしい。  もう、手すりに掛ける指が激しく揺れていた。 「この勝負、ミナト様の勝利でございますッ!しかし、私の勝負はまだ終わっていないッ!」 「!?」 「私は、ティナ様から命令を受けている以上……絶対に技能(スキル)を解除しないッ!」  つまり、技能(スキル)を解除するくらいなら自分だけ落下する。  そう言ってるのか!? 「結局落下したら、気を失って技能(スキル)は解除されちゃうんじゃないんですか!?だとしたら、今解除して二人で助かった方が良いに言い決まってるじゃないですか!?」  俺がそう言っても、キツネ獣人の執事ジャンは聞く耳を持たない。 「だとしてもッ!それはティナ様の命令を破ったことになるッ……!私は絶対に自分から技能を解除しないッ!」  そう言って執事ジャンは…… 「なッ!」  俺の手を放した。  ~ ☆ー☆ ~ ☆ー☆ ~ ☆ー☆ ~  俺が落下したことで握っていたギター弦が引っ張られ……  その先に引っ掛けられたティーカップが床に落下する。  すると部屋がリセットされて、俺は例のフカフカの椅子の上でぬいぐるみと見つめあっていた。  ――ドンッ!――  そして、窓の外か聞こえる鈍い落下音。  俺はすぐ立ち上がって窓から下を確認すると…… 「ティナさ……ま……」  と、か細い声で呟きながら、執事ジャンが気絶した瞬間だった。  こんな高さから落下して死なない肉体の強さに関心はするが……  何度もこんなことを繰り返すあのお嬢様は、思った通りやはり異常。  俺はすぐに振り返り、扉から脱出を試みる。  さっきまで開くことすら叶わなかった二枚目の扉がすんなり開き、技能(スキル)が解除されていることを確認する。  俺はそのまま廊下を出て、階段へ走った。  すると…… 「あ……」  廊下の先に、壁に立てかけてあるハウザー2世のケースが目に入る。  やっぱり一緒に飛ばされてきたのか。 「ハウザー2世……よかった」  俺はハウザー2世を回収しようと、廊下を走り抜ける。  もう手を伸ばせばケースに触れられる、そんな距離。  しかし……  俺はそのケースに触れることが出来なかった。 「え!?」  突然、体が重くなったのだ。  足と手が上がらなくなり、次の一歩がでない。  これは何の比喩表現でもない。  まるで体の細胞一つ一つが全て鉛(なまり)にでもなってしまったかのように、身体がどんどん重くなっていく。 「なん……だ……!?」  そしてそのまま、俺は自分の体重を支えきれなくなり……  ドンッ!という音を立ててその場に倒れる。  倒れた床からミシミシ……という音が聞こえてくる。  ハウザー2世まで残り数mというところで、俺の身体は情けなく地に臥した。 「一体……こ……れは!?」  しかし、その謎はすぐに解決する。  廊下の先を曲がったさらに向こうから聴こえてくる足音。  そしてそこから現れた少女の言葉によって。 「ミナト様……重い体を引きずって、なんて愛くるしい姿なのでしょう」 「ティナ……バルザリー……」  先ほど出て行ったはずの、この塔の主ティナ・バルザリー。  身体が自由に動かないのも、明らかになんらかの技能(スキル)か魔法。  おそらくは、今ゆっくりと俺に近づく彼女の力。 「私の技能(スキル)『甘くて重い想い(シュガー・ヘヴィ)』の原動力は、どこにもいかないで欲しいという純粋な気持ちなのです……気持ちが強くなるほど体が重くなり、私から離れたくても離れられませんの」 「……シュガー……ヘヴィ……やっぱり、君の技能か……」 「胸騒ぎがして帰って来たのは正解でした。やはりミナト様を一人で待たせるなんて、私最低の女ですね」  そう言って、体を引きずる俺をうっとりした表情で見る美少女。  俺にとってその瞳は狂気でしかない。 「……ッ!」  俺は必死にハウザー2世に手を伸ばす。  するとそんな姿を見て、ティナ譲が頬に手を添えて言った。 「まぁっ!こんな状況でもギターを最初に心配するなんて……ミナト様……あなたは本当になんて素敵なんでしょう」  俺が好きという言葉は、その表情からして嘘ではないのだろう。  しかし無様に這いつくばる姿を見て『素敵』と表現する感性には共感できそうにない。  ティナ譲は這いつくばる俺の身体に、まるで愛撫でもするかのように体を重ねた。  そして艶っぽい声で語り掛ける。 「心配しないでミナト様。私、貴方のことを本当に大切に思っているのです。逞しい指先……つぶらな瞳……そして奏でる音」  自分の体重が今どれくらいなのか見当もつかなかったけれど。  軽いはずの少女の身体が乗っかっただけで、全然前に進まなくなる。  ハウザー2世は、もうすぐそこなのに。 「ずっとここで暮らしましょ?美味しい食事と美しい妻……きっと素敵な生活になるわ。美しい音楽を奏でながら、ただ幸福と快楽しかない生活を送るの」 「……ッ!」 「もし逃げるつもりなら、このまま閉じ込めることになるけれど。……ふふ、それでも平気です。その時は私がトイレやお風呂……なんなら夜のお世話まで全部いたします。あなたが満足なさるまで……何度でもずっと……ずっとです」  ――ガッ!――  その時……  俺はやっとの思いでハウザー2世のケースに触れた。  ゆっくり横に倒して、革のケースの蓋部分に手をずらす。  そして彼女に、俺はこう切り出した。 「あの部屋の時計……」 「……?」  すると、俺を撫でるように身体を這わせていた手の平が、ピタッと止まった。 「あの部屋にあった柱時計……最初は気づかなかったけど、君の言うとおりだったよ」 「……」 「確かに、秒針の間隔が少しおかしかった。時計、壊れてるみたいだね」  先ほどの部屋で、カッチカッチと規則正しく時を刻んでいた柱時計。  彼女が部屋から出ていく直前、ティナは執事ジャンにこう言っていた。 『この時計の音は、小さいころからずっとずっとずっと聴いているのッ!こんなクソみたいな修理で、私を侮辱するというのッ!?』  執事ジャンの技能(スキル)がどんなものなのか検証している間、俺はずっとあの部屋で時計の音を聴いていた。  すると、たまに不規則になるリズムが少し気になっていた。  俺は彼女にこう続ける。 「俺は時計には詳しくないけど、君が言った通り修理が必要なんだろう」 「……」 「たぶん君は凄くリズムの記憶力がいい。それは演奏家にとってとても重要な要素なんだ。……君はきっと、演奏家に向いてる」  ティナ譲はその言葉があまりに予想外だったのか、あっけにとられているようだった。  愛撫するように動かしていた手は完全に動きを止めていて、今度は語り掛けるように俺に言う。 「あの時計は、亡きお婆様から貰ったものです」 「……」 「私が一番、あの時計の音を知っています」  正確なテンポを刻むメトロノームは、時計で使われる振り子運動の応用で生まれたものだ。  リズム感は後天的に培われるもの……  幼い頃からずっと正確なメトロノームに慣れ親しんでいる彼女は、きっと頭の中に正確なリズム感覚を持っているのだろう。 (だからこそ……とても残念だ)  ティナ譲はまた腕の当たりを撫でるように触れながら俺に言う。 「こんなことをされても私を褒めてくださるのね……。ミナト様、やっぱり素敵なお方」 「……ティナ……」 「やはり私とミナト様は一緒になるべきです……!だから……どうか、一生ここで……」  しかし俺は、その言葉を聞き終わる前にこう返答した。 「ごめん」  ――バッ!――  そして俺は、ようやく辿り着いたギターケースを一気に開く。  中にはハウザー2世が不満そうに俺を見ていた。  しかしティナ譲の視線はハウザー2世ではなく、開かれたケースの内側に描かれる”それ”を見ていた。 「……ッ!」  円形の陣に、複雑な術式がいくつも描かれた図形。 「ミナト様……そ、それ……魔法……陣?」  そう。  リリーとレナが作ってくれた革のギターケースには、特性の魔法陣が描かれていた。 「その魔法陣は一体……なんの魔法陣ですの!?」 「俺はまだ……レナに一つしか魔法を教わってないんだ」 「まさかそれ…………召喚……」  ――カッ!――  レナの言葉が、俺の頭をよぎる。 『つまり特定の契約を結んでおけば、誰でも目の前に召喚できるんです』  覚えておいた方がいいと、レナが言ってくれなければ……  俺は本当に危なかったかもしれない。  そして、俺達の後ろに彼女が”召喚”される。 「あ……あなたは……」  俺は知っていた。  その人は強く気高いだけじゃなく、心の底から優しい人だと。  一瞬、女神と見間違うほど真っ白な甲冑。  一切の悪意に染まらず、何者にも汚されない彼女のことを、この国の人々はこう呼んだ。 「”拒絶のアリス”……ミナト様をお守りするため、ただ今見参いたしました」  国内最強の白騎士と。
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