16 リズムにようこそ

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16 リズムにようこそ

「まさか……誘拐犯が国内三名家の一つ、バルザリー家のご令嬢とは……驚きました」  国内最強の部外者”拒絶のアリス”の登場は……  いくら国内有数の名家バルザリー家の御息女と言えど、その驚きの表情を取り繕うことさえできていないようだった。 「なぜ……あなたが……。”蒼の騎士団”総長の座を降りたって……」 「えぇ。今は貴方がお尻に敷いていらっしゃるその方を、命がけでお守りしている身分です」  それを言われるとティナ譲は俺から離れて立ち上がり、ゆっくりと後ずさる。  アリスさんは強い視線をティナ譲に向けながら、なんの警戒もなく俺に近づき軽く触れた。  すると身体がふっと軽くる。 「お怪我はありませんか?ミナト様」 「……ありがとう、大丈夫」  アリスさんはそれを聞くと安心したように俺に微笑む。  俺はアリスさんから出された、”あの条件”の話を思い出していた。 『わかりました。私も適度に休憩を頂きながら、貴方をお支え致しましょう……ただし、条件があります』 『条件……?』 『もしミナトさんが危険に迫られた時、私を召喚する契約を結んでいただきたいのです』  彼女から出されたこの条件。  同時にこの契約が何を意味しているのかも、レナから聞いて理解していた。 『ミナトさん、召喚魔法を使う前に、覚えておいてほしいことがあります』 『覚えておいて欲しいこと?』 『はい。……まず契約によって召喚される人は召喚されてから一定時間、召喚した人の命令に背くことができません』 『……』 『また、契約を必要としない異世界召喚とは違って召喚の拒否すらできない。それは奴隷契約にも似たとても高い強制力をだという事です』 『奴隷契約にも似た……強制力』 『だからこそ、召喚される側の契約者は……心の底から信頼できる人としか契約することはありません』  他人に人生を掛けて仕えることが、どれだけ凄い決断なのだろう。  どんな人でもできるようなことじゃない。少なくとも俺にはできないだろう。 「ミナト様。少々おまちください」  アリスさんは俺の安否を確認して立ち上がると、また視線をティナ譲に向ける。  俺からアリスさんの表情はわからなかった。  しかし彼女を見るティナ譲の表情は恐怖で歪んでいて……  アリスさんがどれだけ恐ろしい威圧感でティナ譲を睨んでいるのか想像に難くなかった。  ティナ譲は後ずさりながら、大きな声を挙げる 「ち、近づかないでッ!」  ティナ譲はアリスさんに向けて手を伸ばし、何度も技能(スキル)の発動を試しているようだ。  しかしアリスさんの『白皙の拒絶(ホワイトヴェール)』は、魔法も技能(スキル)も関係なく、悪意ある全ての事象を拒絶する無類の絶対防御。  おそらくティナ譲も”拒絶のアリス”の力は知っていたはずだったが……  いざ自分の前に立ちはだかると冷静な判断ができず、情けなく無意味な技能の発動を繰り返すだけになっていた。  アリスさんはゆっくりと近づいてティナ譲の腕を掴む。 「は、離してッ!わ……私はッ!」 「バルザリー家のご令嬢、ティナ・バルザリー様ですよね。もちろん存じております。……その上で、恐れ多くも一つだけご忠告させていただきたい」 「……!?」  この時のアリスさんの目を見て、ティナ譲の身体がガタガタと震えだす。 「おてんば娘のわがままは、名家の力の及ぶ範囲で楽しまれるのがよろしいかと」  そして、そのまま腰を抜かしたようにカクンと膝を落とし…… 「ご……ごめんなさい」  と涙を流した。  その涙は俺達の勝利を象徴するものであり……  今回も何者にも汚されず、”拒絶のアリス”は役目を果たしたのだった。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  閉じ込められていた塔は、めちゃくちゃデカい敷地内の一部だったらしい。  バルザリー家の敷地は山二つ先まで広がっているそうで、本邸宅は俺達のいる場所からは見えない。  しかし、塔にはティナ譲と執事ジャンだけしかおらず……  アリスさんはすぐに彼らを塔の一階にある応接間にロープで拘束すると、通信魔法陣で”蒼の騎士団”を呼んだ。  騎士団は転移魔法ですぐに到着し、主犯であるティナ譲と執事ジャンに話を聞いていた。  取り調べが終わると、離れて顛末を見ていた俺にアリスさんが近づいてこう言った。 「ご無事で、本当に安心いたしました」 「アリスさん、せっかく休暇だったのに……ごめんね」 「いえ、役目を全うする機会を与えて頂き、ありがたく思っています」  そう言って俺に敬礼し、深く頭を下げる。  俺はアリスさんに聞いた。 「アリスさんは、なんでそんなに俺を大事にしてくれるの?……ファブリス王に命令されたから?」  すると、”拒絶のアリス”は一切の迷いなく答える。 「私が、そうしたいからです」 「……」 「初めてミナト様の演奏を聴いた時……深い喪失感を全て埋め尽くすような温かさを感じた。私はこう思いました。”あぁ、私の力は、この人を守るために授けられたのだ”……と」  アリスさんは座る俺に視線を合わせるように跪く。  そして俺の手を強く握る。 「私の身と心は、全て貴方のモノです」  絶対服従とも言える召喚契約を結んだ程だ。  彼女の発したその言葉は、その言葉以上に多くの意味を持っている。  俺にはそれがよくわかっていた。    そんな話をしていると……  騎士団が俺達の方にやってきて、アリスさんに報告する。 「アリス様、事情聴取が終わりました」 「”様”なんてつけないでくれ。私はもう君達の上官ではない……ティナ譲とジャンから話は聞けたか?」 「えぇ……二人とも素直なものです。これから二人の身柄を王宮に送ります……しかしその前に……」 「……なんだ?」 「執事ジャンが、ミナト様とお話をしたいと言っています」  それを聞いた俺は、ジャンが拘束されている馬車に乗り込んだ。  彼は本来の姿であるキツネ獣人の見た目のまま手錠を掛けられている。  椅子に座ってうつむく彼の横には二人の騎士が座っており、俺は向かい側の椅子に腰かけた。  狭いのに人口密度が妙に高い馬車の中で……  執事ジャンはこぼれるように俺に言った。 「ミナト様……どうかティナ譲を責めないであげてください」  俺は、彼の言葉に耳を傾ける。 「バルザリー家は金融という生業で国を支えた名家。家はティナ様の兄が継ぐため、夫妻は兄だけに愛情をそそがれました。ティナ様は幼少期から追いやられるようにあの塔で過ごしたのです」  キツネの獣人から語られたのは、創作された物話でよく聞く”ご令嬢の悲しい話”。  塔に閉じ込められたお姫様の話も、なんか見たことがある。  たしかにあの部屋には、高級そうな家具とは不釣り合いなぬいぐるみがたくさん置かれてた。  その話から彼女の悲劇を想像するのは、決して難しいことじゃない。 「金と時間と場所だけを与えられ、お嬢様はずっと私達使用人と暮らしました……。ちゃんとした友人もできず、満たされない幼少期を過ごしたのです」  しかし例えよくある物語だとしても……  実際に聞く悲劇には心に来るものもあった。  色々なことを想像させられるし、なにより馬車の窓から見える塔はあまりに巨大で、無機質なものだったから。 「小さい頃は祖母のバーバラ様が心配して、よく塔に来ていらっしゃいました。しかし、そんなバーバラ様もお嬢様が10歳になるときにお亡くなりになり……その後6年間、お嬢様はその寂しさを所有欲や独占欲を満たすことで埋めていたのです」 「……」 「お嬢様が交流会であなたのギターを聴いたとき、本当に幸せそうだった。いくら望むものを手に入れても満たされなかったお嬢様の心を、ミナト様はただの音だけで満たしたのです」  あの時計もお婆さんの形見だと言っていた。  生活は全然違うけど、境遇は俺と凄くよく似てる。  ハウザー2世という形見を残し、この世を去った爺ちゃん。  今俺が楽しく生活できているのは、この世界にいる沢山の人が、俺を必要としてくれたからだった。  彼女には……  彼女を必要とする人がいない。 「あの……家族は今どこにいるんですか?」 「旦那様と奥様はとてもお忙しい方です。今も世界の大都市を飛び回っておいでかと。ティナ様を、私にまかせてね」  すると、それを聞いていたアリスさんが話に入る。 「だとしても、誘拐なんていう犯罪を肯定する材料にはならない」 「……」 「むしろ彼女のわがままを叱り、正しい道を提示するのが貴方の本来のあるべき姿では?」  キツネの執事ジャンは、長く伸びた耳をシュンと下ろした。 「そうかもしれませぬ。しかし……」  ジャンは、何かを思い出したようにふっと笑った。 『ジャン……私、知らなかった。ただの音が……こんな美しいなんて』 『こんなに……世界は美しかったんだ』 「ミナト様のギターの話を……あんなに無邪気なお顔で語られるお嬢様を見ていると……私にはできませんでした」 「……」 「だって何の色も無かったお嬢様の世界を彩ったのは……ミナト様、貴方が初めてだったのだから」  こうして……  名家ご令嬢による異世界人誘拐事件は幕を下ろしたのだった。  馬車から降りた俺は、アリスさんに言う。 「なんだか少し、かわいそうな話だったね」 「ミナト様……」  ティナ・バルザリー。  彼女は確かに暴挙には出たが、悪い子では…… 『ティナ譲のお仕置きで……3度ほどここから落とされました』  ……いや、悪い子ではあるんだけど。  同乗の余地がないわけじゃない。  何より、彼女には彼女を必要とする誰かが必要な気がしてた。  俺は淡い期待をよせ、アリスさんにこんなことを提案してみる。 「俺は無事だし、結局傷一つない……俺が許せば、ティナを解放してあげられたりするのかな」 「バルザリー家は王宮とも縁が深い。事態は思っているより複雑です」 「……」 「彼女はしばらく王宮が身柄を拘束するでしょう……しかし、それは彼女が招いたことでもあります。ミナト様はあまり考えすぎないようにしてください」 「うん……」 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  次の日。  俺とアリスさんは王宮に呼び出されていた。    誘拐事件の情報は一般に公開されず、人々はそんなことがあったことさえ知らずに過ごしてる。  これは、彼女の特殊な家庭環境を踏まえた王宮の臨時処置だったらしい。  バルザリー家は金融事業で王宮にも影響力のある名家。  遠方で仕事をする当主に連絡も取れず、騎士団はもちろん、王宮ですら彼女の扱いに困っていたようだ。  そのため当主が帰ってくるまでの間は事件の公表を避け、この事態に結論を出すのを引き延ばしたということらしい。  俺達は王宮の長い廊下を進み、指定された部屋に向かっていた。  事件については前日全て話をしていたため、王宮に呼ばれた理由は聞かされなかったが……  なにやらファブリス王直々の呼び出しらしく、俺達は素直にその招集に応じることになった。  今度こそ玉座の間が見れると期待したが、案内されたのはまたも小さな会議室だった。  そこには数人の騎士団員と、ファブリス王が俺達を待っていた。 「座ってくれ……大変な目にあったなミナト。ケガもないようで安心した」 「俺の命をとるつもりはなかったみたいですし……ご心配をおかけしました」  俺とアリスさんが着座すると……  ファブリス王はいつもの爽やかな笑顔を向け、軽やかな口調でアリスさんに言う。 「アリスもよく大任を果たした。君の願いを受け入れて、元老院を説得したかいがあったよ」 「恐縮の至りです」  部屋にいる騎士の一人が、俺達のためにテーブルに置かれたカップに水瓶で水を注ごうとする。  すると王は彼から水瓶をとり、騎士を含めたそこにいる全員分のカップに水を注ぎはじめた。  オロオロする騎士を横目に、水を継いだカップを全員の目の前に置きながら、王は続ける。 「バルザリー家にはしっかりと責任を取らせるつもりだ。元老院は及び腰だが、今回の件の重大さは重々承知しているはずだしな」  元老院というのは、所謂王政へ助言をする組織らしいが……  政治に興味の無い俺は、そこらへんにあまり詳しくはない。  それには王も気づいているようで、俺に詳しく説明する気もないようだった。  王は全員分のカップに水を注いで配膳を終えると、パンッと手を叩いてこう言った。 「よし!じゃあみんな、水を一口のみなさい」  俺とアリスさんは顔を見合わせ、とりあえず水を飲んだ。  王の護衛である騎士たちも、とりあえず王の言う通りカップに口をつかる。  全員が空気を読み水を飲んだのを確認すると、王が言った。 「よし!みんな気持ちは切り替わったな。話を変えよう」 「……?」  すると、王は俺の顔をじっと見て言った。 「実はなミナト、本当はこんなタイミングで言うつもりはなかったんだが……君に頼みたいことがあって呼び出した」 「頼み事……ですか?」  王もクッと水を飲み、口を潤して具体的な話をし始める。 「実は数か月後……この国にとって非常に大切な『とある交流会』がある。そこで君にギターの演奏をしてもらいたい」 「とある交流会?」 「詳しいことは後で話すが、この国の未来に関わる重要な交流会だ」  交流会……と言うからには相手がいるのだろう。  俺は詳しい話を聞こうと座りなおす。 「一体、誰との交流会なんです?」 「アレンディル王国南東にある、アルフヘイムの森に住まう民……エルフだよ」 (エルフ……!) 「王国とエルフは昔から交換貿易の関係にあってな。今まで深く干渉してこなかったんだが、訳あって早急に彼らとの交流の場を設けなければならなくなった。文化の違う種族とお近づきになるには、それなりのもてなしが必要になる」 「それで、俺に演奏会をやれと……?」 「そうだ……。できれば発表会で演奏したような、感動する音楽がいい。そしてなんていうか、もっとこう、規模がデカい感じの」  規模がデカくて感動する音楽……?  おそらく、王宮には何か明確な目的がありそうだな。  それを今説明しないのは意図的なものだろうし、俺は今ある情報から聞きたいことを王に進言する。 「例えば……アンサンブルのようなこと、でしょうか?」 「アンサンブル……?」 「合奏……つまり、複数の奏者が複数の楽器を演奏して、一つの音楽を奏でる……ということです。」  それを聞いて、王や騎士たちが互いを見合う。 「なんだそれは……?想像もつかないが、そんなことできるのか?」 「はい……ギター1本では表現できる音楽に限界があります。……楽器が増えれば、その分表現の幅も……」 (あ……)  その時、俺の中にとあるアイデアが思い浮かぶ。  それは今後、この世界に音楽を発展させるために必ず踏まなければならない、次の段階でもあった。  しかしそれ以上に”あの少女”を助ける大義名分として上手く機能するのではないかという……  淡い期待を俺に抱かせる。 「当然、内容も全て君に任せる。そんなことができるなら、私も是非期待したいところだしな」  王や騎士たちはそれを聞いて、まだ見ぬ音楽の可能性に目が輝いた。  そこで俺はチャンスと思い、さらに続けてこう言った。 「しかし、そのためには……当然俺以外の奏者と、新しい楽器の製作が必要不可欠です」 「楽器は君たちが作っているのだろう?演奏できる者は他にいるのか?」  きた。 「今はいませんが、数か月真剣に練習を重ねれば可能でしょう。しかし、それなりに完成度の高い演奏をするためには、最低限の才能も必要になります」 「最低限の才能……?」 「それは、リズム感です」  元の世界では、ひと際リズム感が良いとされる人種の人たちがいる。  それはアフリカをルーツに持つ黒人だ。  彼らは他の人種に比べ肉体的に恵まれており、打楽器を中心にしたリズム演奏に非常に長けていた。  一方でそのリズム感は天性のものではないとも言われている。  正しく、何より楽しいリズム感を幼いころから文化の中で嗜んだことで、ある意味リズムの英才教育を小さい時から受けているからこそだ。  つまり、リズム感は後天的な影響……つまりは経験と反復によって培われる。 「この世界にそんな才能を持っている人間がいるとは思えないが……」 「幼いころから、狂いのない一定のリズムを聞いていた人なら可能性はあります」 「一定のリズムを鳴らす楽器なんて、我々の世界にはないだろう……」 「いや……楽器ではないですがあります。時計です。」 「時計……?」 「時計のリズムは、BPM60というテンポで表すことができます」  BPM60は一般的に演奏される音楽の中でも、かなり遅い部類に入るテンポ。  音楽と言うのは早いより遅いテンポで正確に弾く方が難しい。  理由は色々あるが、単純にテンポが下がると頭の中で取るリズムの間隔が離れて、実際にはその間隔の中に存在する細かいリズムを感じづらいということ。  8ビートで最も簡単と言われるBPMが120~190と言われていることを考えると、その難しさがわかりやすい。 「BPM60という遅いリズムを正確に記憶、判別できるというのは……かなり正しいリズム感覚を持っているはずです」  と、半分創作にも近い弁論で”リズム感の大切さ”を強調し、俺は王に伝える。 「それは一体誰のことを……」 「亡くなったお婆様の時計の音を、小さいころから毎日聞き続けてきた少女……ティナ・バルザリーです」
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