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 二十二時十四分の覚知。防火衣を着装する際に一瞥した車庫の温度計は三十一度。  動くたびに、粘りつくような空気が顔、首筋、腕と露出した部分に絡みついてくる。今日で四日連続の熱帯夜だ。 「暑っつ!」  矢留市(やどめし)消防本部手形山(てがたやま)消防署横金(よこかな)出張所ポンプ隊隊長の岩川雅治(いわかわまさはる)は、車に乗り込みドアを閉めた途端に叫んだ。この暑さの中、防火衣に身を包んだだけで汗が滲んでくる。  こめかみから頬、顎を伝い滴り落ちてくる汗を手の甲で拭ってから、さらに防火ヘルメットを着装する。 「とにかく行くべ」岩川は車載マイクを取り「消防車、出動です、消防車、出動です」と周囲に告げる。  ここは東北だから、雪国だから夏でも涼しいだろうという概念はもはや成り立たない今時の気象状況である。もっとも何年か前までは日本の最高気温を記録していたのは山形県だったと思い出した。  車の中は、既に蒸し風呂状態となっていた。シャツが汗ばんだ身体に張り付く。窓を全開にしても顔に当たる風は生温かい。吹き込んでくる風で車内の温度が下がるわけでもない。気休めにしかならない。 「もう八月だで、いいかげん梅雨明け宣言してもいいやな」  誰にともなく言った。八月に入って四日目。あと一週間もすれば暦は立秋を迎えるというのに、まだ梅雨明け宣言はなされていない。
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