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 岩川は、この四月に手形山消防署に異動して来た。  消防司令補として二十五年。消防職員として通算勤続三十年目の五十三歳は、功名を焦って一か八かの勝負に出るというようなことは慎んでいる。安全確実、堅実な道を選び、日々を無難に過ごし、無事定年を迎えることを夢見ているのだ。  消防の世界にも高齢化の波は押し寄せている。隊員の平均年齢は上がり、五十代の消防隊員が筒先をもち、はしごを担ぐ姿も珍しくなくなった。その状況下で最重要視されることは『事故防止』である。  故に現場活動では、攻めるよりも守ることを優先するようになった。  岩川が隊長を務めるこのポンプ隊は、隊長以外の三人は二十代と三十代で構成されている。若い力が、隊長の指揮の下、最前線で活動するという、絵に描いたような編成である。  一番員の杉淵衛は、元ラグビー国体選手。いかり肩に太い首、熱い胸板は防火衣を着用していてもすぐに見分けがつく。救助隊員としての研修を修了している。したがって救助活動の経験も多く、隊員としての能力は一般の消防隊員よりは高い。寡黙というよりは無愛想で、どこか人を寄せ付けない暗い雰囲気が漂っているのは、これまでに扱った要救助者が数人亡くなっていることが影響しているのではないかと岩川は考えている。この点が難ありといえば難ありだ。
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