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 道は一本しかないので楽といえば楽なのだが、なにせ山道なので暗い。今度は〈熊注意〉の看板が前照灯に照らされ浮かび上がる。夜間とはいえそれなりの心構えを怠ってはいけない。  車の灯りを目指して飛来した虫が音を立てて次々とフロントガラスにぶつかる。そのたびに青沼は「あ、いってえな」と呟く。  岩川もついつられて「いてえ」と何度か言ってしまった。 「あ、火が見えましたっ、延焼中っすな」  打川の声が、ドライブ気分になりかけていた岩川と青沼を現実に引き戻した。  杉林の黒い影の間を縫うようにして、オレンジ色の灯りがちらちらと揺れているのが確認できた。  ぶるっと岩川の身体が震えた。いつからだったかは忘れてしまったが、岩川の身体は炎を見ると武者震いを起こす。消極的な気持ちとは裏腹に、身体は戦闘準備に入ったようだ。  青沼が肩をいからせ正面を見据えている。  窓から飛び込んでくる風の勢いが強くなった。  闇の中にぼんやりと浮かんでいたオレンジ色の塊が、やがてその全貌を現した。建物にとりつき、勢力を拡大しようとしているさまが、ありありと確認できた。
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