婚姻式

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婚姻式

 じっと文書を読み込むカーティスを、キリアンとリースが緊張した面持ちで見守る。エクルドはそれを呆れたように眺めていた。  「……やはり人数を厳選すべきだ。」  険しい顔つきで顔を上げたカーティス。キリアンとリースは、神妙な顔つきで内心のため息を飲み込んでいた。  「陛下。いい加減にしてください。」  遠慮なく呆れ返ったため息を吐き出したエクルドは、神妙に俯く二人をちらりと見遣る。  「キリアン卿もリース卿も、いつまで下らない我儘に付き合うつもりですか。陛下を躾……諌めるのも忠臣の仕事ですよ?」  「……おい、エクルド。」  底冷えするような冷ややかな声を、エクルドは聞こえないふりで無視した。  「お二人は婚姻式以外の執務は、重要ではないと思ってるのですか?盛大に見せびらかすか、しまい込むか。そんな下らない陛下の我儘にいつまで振り回されているおつもりですか?」  「エクルド!」    盛大に見せびらかす婚姻式の予定を立てさせて、やっぱり最小限の人数で慎まやかに行うべきだと翻す。二転三転する婚姻式の準備。警備計画もその度に覆る。  キリアンとリースはその度に駆けずり回り、他の執務を後回しにしている。返す言葉もなかった。  「……はぁ。全く。キリアン卿、リース卿。第一案の盛大に見せびらかす婚姻式以外ありえないとお分かりでしょう?いちいち振り回されないように!」  「エクルド、黙れ。何の権限が……」  「陛下が聞き分けないのなら、アルヴィナ妃にご相談しなさい。」  「……………」  「わかりましたか?」  「「はい。そのように致します。」」  「アルヴィナに言う必要はない……」  両手に顔を埋めたカーティスを、エクルドは子供の駄々を窘めるような目で睨む。  「ご自覚はあるようで安心いたしました。」  「…………」  冷たい皮肉にカーティスは無言を貫き、心配げにキリアンとリースが顔を見合わせる。  「……お二人は陛下に甘すぎます。」  深いため息を吐き出して、エクルドは二人を見据えた。  「陛下は単に脳内お花畑なだけです。」  「エクルド卿……陛下には深いお考えがあって……」  「ありませんよ。」  リースの執り成すような弁明を、エクルドはばっさりと切り捨てた。  「アルヴィナ妃が絡んだ陛下を信用してはなりません。行き過ぎた独占欲です。  大方、離れている間ご自身が一目見ることもできなかったのに、何の苦労もなく民が気軽に拝謁できるのが気に入らないだけです。」  ぴくりとカーティスの肩が震える。それを冷ややかに見下ろしながら、エクルドは容赦なく続けた。  「これまでのリーベンでの布石は、盛大な婚姻式にしてこそ生きます。」  「…………」  「これ以上、キリアン卿とリース卿を振り回すのはおやめください。いいではないですか。ご自分の妻だと思う存分見せつければ。減るものではありません。」  「………減る。」  手のひらの隙間から漏れ出た本音に、流石にキリアンもリースも呆れ顔を隠せなかった。味方だった二人の離脱に勝敗は決した。  「婚姻式は盛大に、第一案で行います。お二人とも、これが最終決定です。」  「「はい。」」  「…………」  かくして盛大で華やかな婚姻式に、ダンフィルの王国民は歓喜に沸いた。長い長い悪夢の終わりを、象徴するかような絢爛な式。いくつもの魔道具が演出する夢幻と幻想は、王国民の心を満たすには十分すぎるほどだった。  冷徹な狂王は暇さえあれば、美しい王妃を抱き寄せる。憚ることなく何度も交わされる口づけは、夫妻の美しさも相まってうっとりとしたため息と共に受け入れられた。三か月に渡って祝われた慶事は、狂王をロマンチストな王へと上書きさせた。  「副次効果としては上出来ですね。」  どこまでも忠臣なキリアンに、エクルドはこめかみを押さえた。絶え間なく舞い踊る花びらに、キリアンの頭もお花が咲きだしてきているらしい。  「キリアン卿……しっかりしてください。」  エクルドはまだ花が咲いていないリースを振り返った。  「リース卿。陛下への評価がロマンチストのうちに、ほどほどにするよう進言してきてください。」  「あー……俺が、ですか?」  「そうです。このまま放置すれば三日もしないうちに、露出趣味の変態王になりますよ?」  「…………」  「見なさい。アルヴィナ妃が可哀そうなほど茹で上がっています。妖精の会は王妃を救う責任があるのでは?」  「ど、どうしてそれを……!!」  カーティスを恐れて水面下で活動する妖精の会。秘密にしていた会員であることを知られていた事実に、リースは青くなった。陛下に知られたらどれだけいびられるか。  カーティスの名誉と、茹で上がり続けるアルヴィナを救うため。何より自分の職場環境の死守のため。ニヤリと口角を上げたエクルドに、リースは慌てて駆け出した。  「いい天気ですねぇ。」  主君の幸福に目を細めて、キリアンは澄み渡る空を見上げて呟いた。  「……ああ、本当だ。」  頭に満開に花を咲かせているキリアンの述懐でも、それにはエクルドも全面的に同意した。全てを赦し、全てを祝福するような青空。ダンフィル王国の隅々まで眩しく照らす、太陽が頭上で燦燦と輝いている。  「……さぁ、最後の仕上げです。」  「はい。」  明日は最終日。カーティスが歩んだ長く険しい道のり。出来るだけ多くのものを、在りし日のままに取り戻す。絶望の中でも丁寧に打たれた布石が、カーティスの切実な願いにようやく応える時を迎えた。 ※※※※※    全ての家門が居並ぶ王宮大広間。長い黙祷の後にいくつもの罪状と処罰、功績と褒章が読み上げられた。最後の貴族が列に戻り、くるくると褒章者の名簿が巻き取られる。元の位置に戻された名簿の代わりに、一枚の文書が掲げられる。厳かに静まり返る大広間に、キリアンの声が響き渡った。  「ゲイル、並びにメリベル・フォーテル!」  穏やかな色合いのドレスに身を包んだアルヴィナが、しずしずと玉座に座る王へ伏す。強国ダンフィルの王の顔で、カーティスはアルヴィナを見下ろした。キリアンが一歩下がり、ダンフィル国王自らが声を上げる。  「此度の違法新規薬物ナイトメアによる、国家反逆罪に対する功労を称える。  故ゲイル・フォーテルの、元凶薬物製造者捕縛が事態の収束へと繋がった。捕縛と保護の進言が治療薬の精製に多大なる寄与をもたらした。  また爵位・領地を擲ってまで、我が国最大の友好国リーベンへの助力嘆願を志願した。」  水を打ったような静けさの中、フォーテル傘下の深い哀悼の沈黙が流れた。時を経てようやく示すことが出来た哀悼は、深く跪くアルヴィナの胸を打った。父の母の死をこうして悼むことが、ようやくできるようになったのだ。  「だが、私心なく高潔な愛国心は道半ばで絶たれた。その忠心は両名の血族、最期のフォーテル末裔であるアルヴィナ・フォーテルが引き継いだ。  長きにわたるリーベン国との国交断絶を経ても、揺るぎない同盟の成立に大きく貢献した。  リーベン王室のみならず、広く国民に支持されるグレアム大公家の養女アルヴィナ姫の、二国の同盟に果たす役割は絶大だ。」  わずかな瞑目を挟み、王の声が大広間に響き渡った。  「これまでの献身と忠誠に、王家はフォーテル家門から()()()()()()爵位と領地を返還する。そして建国時から連綿と受け継がれ続けてきた名誉の回復を約束する。アルヴィナ・フォーテル。顔を上げよ。」  伏して俯いていたアルヴィナが顔を上げる。まっすぐにアルヴィナを見つめるカーティスの視線に、こみ上げてくる涙を必死にこらえた。  王家の忠実な盾であり、剣であり、頭脳である。それはフォーテル家門の誇りだった。アルヴィナにとっても。  王家に捧げてきた忠心に、汚点を作ったのは他でもないアルヴィナだ。悪意に打ちひしがれ、王の頭脳であり続けた父に亡命を選ばせたのだから。自分の幼さと弱さが家門を貶めた。  受け入れていいのだろうか。問うように揺れるアルヴィナの眼差しに、カーティスは微かに薄く微笑んだ。    「今なお忠節を尽くすフォーテル末裔、アルヴィナよ。そなたが産む子はリーベンとの同盟の象徴となる。一人はダンフィルの王となり、一人はフォーテル家門の当主となる。」  預けたのではない。捧げたのだ。捨てたのだ。生きるために。  カーティスは裏切りを許容するという。アルヴィナのフォーテルの裏切りを。堪えきれなかった涙が頬を伝う。  「今この時をもって、ダンフィル王国国王・カーティス・セラン・ダンフィルの名の下にフォーテル家門の再興を宣言する!」  轟いた王の玉声に、広間にゆっくりと拍手が沸き上がる。静かに起きた拍手は、やがてボリュームを上げて、大広間の隅々に染みわたっていった。  打ち捨てられ、堕ちた家名の名誉が掬いあげられていく。丁寧に打たれた布石の後押しを受けて。万が一にも邪魔が入らぬよう緻密に準備されて。  最も王国が歓喜に沸くこの日に、強国リーベンの後押し。この上ない正当性の上に、祈るように打たれた布石がフォーテルの復興を叶える。  地に落ちたかつての名声は、割れんばかりの拍手の下に栄誉を取り戻していく。  誉れ高きダンフィルの誇り、フォーテル家門。その名はかつての輝かしさのまま、在りし日の繁栄のままに、今ここにダンフィルへと帰ってきた。  ダンフィルにフォーテルありと謳われた家門の再興をもって、聖文誓約で果たされた美しきダンフィル国王夫妻の婚姻式は、盛大で華やかなまま終わりを迎えた。  
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