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週の真ん中水曜日。
ノー残業デーのはずの本日も、渚建設・設計課のシマは21時を過ぎてなお、煌々と照らされている。
広いオフィスには館山香菜とその2つ下の後輩、築崎創の二人だけ。施主の何度目かの気まぐれによる変更依頼に対応すべく、社畜二人は絶賛残業中なのだった。
「あああああーーー!お・わ・ら・な・いっ!!!」
静かなオフィスに響く絶望的な叫び声。
「え、どうしたんですか急に?」
突然の大声に創はパソコンから目を離し、何事かと香菜の方に視線を向ける。
「もう、帰りたい!」
「帰れるようなところまで、作業進んだんですか?」
「……進んで、ない!!」
大威張りで断言する香菜に、「それは帰ったら駄目なやつなのでは?」と、創は思わず心の中で突っ込んでしまう。
「だってさ、今日は本当はノー残業デーなんだよ?なのに急な変更対応だからって、月曜からずっと深夜残業続きなんだよ?」
「まあそうですよね」
「そうでなくとも終電ぎりぎりで帰る日が多いのにさあ。こうも連日ではノー残業どころか、イエス残業!はい喜んで!!みたいなことになってるじゃん!!」
「『はい喜んで!』なんて、居酒屋の掛け声みたいなこと言いますね」
こんなに施主に振り回されるのは久し振りだよ!と、顔を両手で覆い天を仰ぐ香菜とは対象的に、創は嘆いたところで仕方なかろうと適当に返事をすると、ディスプレイの中の図面に視線を戻す。
「……ねえ、築崎くん。もう今日はここまでにして、飲みに行かない?なんか築崎くんが居酒屋なんて言うからビール飲みたくなってきた」
「え、でも、残ってる作業はどうするんですか?」
「どうせ修正しても、明日になったらまた再再再再再変更案とかいって修正必要になってくるよ。だから、ね。今日やってもやらなくても同じ同じ!」
やる気の失せたらしい香菜は、資料を引き出しの中に片付け始めている。勝手な言い分だと思いながらも、まあこれだけ追加変更の多い施主のことだ。また明日も何かしら変更案が出ることになるだろう。
「じゃあ、一杯だけですよ?」
創は香菜の誘いに乗ることにしてパソコンの電源を落とすのだった。
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