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魔女倶楽部へのお誘い
「あなた、部活は決まってるの?」
一限目の国語が終わった瞬間、華子が振り向きながらそう言った。
「まだ……」
「さっきも言ったけど、神崎華子よ。あなたは?」
「清宮五十鈴」
「では、五十鈴。一緒に魔女倶楽部に入りましょう」
「神崎さん」
「華子でいいわ」
「魔女倶楽部ってなにするの?」
「この学院の少女たちの心を守るの」
さも当然というように、華子が言う。その意味が分からず首を傾げる五十鈴を無視して、華子は胸を張って話を続ける。
「シシュンキの少女の心はもろいから、魔女倶楽部が守っていたのよ。魔法をかけて」
「魔法って」
「だって魔女倶楽部だもの」
魔法なんて非現実な話だが、華子が言うとあるかもしれないと思ってくるのが不思議だ。
「でも廃部になったんでしょ?」
「そう昔からある伝統の倶楽部だったのに、もったいないことをしたわ」
さも自分がいないことで廃部になってしまったと言わんばかりに華子が嘆く。
「でもまた作るんでしょ?」
「そうよ! アタシの代でまた蘇らせるの」
「でも部活を作るには人数がいるって……」
「何人いるの?」
「確か三人?」
「シスターが明日部活紹介があるって言っていたわ」
「うん。明日の5限目に色んな部活を紹介するオリエンテーションがあるの」
「そこで募集をかけましょう」
「一年生なのに!?」
オリエンテーションで部活を紹介するのは二年生以上の先輩たちだ。そこに入学したての一年生が出るなんて、五十鈴は恐ろしくてできない気がした。
「そんなの関係ないわ。それに五十鈴はもう魔女倶楽部の一員なのよ」
「え」
いつの間にか華子の中で、五十鈴は魔女倶楽部に入ることになっていたらしい。どうせどの部活も惹かれなかったのだから、華子がいる部活に入るのもいいかもしれない。
姿勢がよくて、物怖じしない姿は、五十鈴をあこがれにも近い気持ちにさせる。
「わたしも魔法が使えるようになるの?」
魔法なんてこの世にないとわかっている。それはアニメやマンガ、物語の中の世界だけであり得るものだと。だけど、華子が言うならあるかもしれないと思わせるなにかがそこにはあった。
「使えるわよ」
きっぱりと断定して華子が笑う。
「空を飛んだり、ものを動かしたりするだけが魔法じゃないわ。もっと身近に魔法は存在するの」
「身近に?」
「魔女倶楽部にいれば、きっとわかるわ」
魔女倶楽部というのがなにかはよくわからない。でも華子と一緒であれば、6年間の女学院生活が楽しくなる気がした。
「ねぇ、華子、さん」
「華子でいいわ」
「華子」
「なぁに」
「友達になってくれない?」
友達のなり方なんてよくわからない。こんな風にわざわざ言うようなものじゃないはずだ。だけど、確かめなければ華子はするりとどっかへ行って仕舞いそうだった。胸を張って、その目に強い意志を宿して。
「なにを言っているの?」
そう華子から返ってくる。魔女倶楽部に誘われたからといって、友達だと思うのは思い上がりだったのかもしれない。頬に熱が集まるのを感じながら五十鈴が俯くと、ぐいっと両頬を掴まれて顔を上げさせられた。
「五十鈴」
「ひゃに……」
「もうアタシたちは友達じゃない。なにを言っているの」
ああ、そうだったんだ。きっと華子の中では声をかけた時点で友達になっていたのだろう。友達とはそんな簡単になれるものだった。
「五十鈴、お昼は誰と食べているの?」
「一人」
「じゃあアタシと一緒に食べましょう」
「いいの?」
「だって友達と食べるものでしょう? それに放課後は暇?」
「うん」
「じゃあ、魔女倶楽部の部室があったところを見に行きましょう」
「あ! 部活を作るには顧問が必要じゃあ」
「魔女倶楽部には顧問はいらないの。完全独立自治の倶楽部。でも建前上シスター柳という方が顧問をしていたと聞いているわ」
「古文の先生」
「放課後に会いに行くわよ」
シスター柳は60代後半の古文の担当教師だった。小柄な体格と穏やかな物言いで、生徒たちからは人気が高い。確かどの部活の顧問でもなかったはずだ。
入学して一週間でシスター柳の授業はまだ2回ほどしか受けていないが、わかりやすくて五十鈴は好きだった。
「顧問になってもらいにいくの?」
「そうよ、きっとなってくれる。懐かしいって」
それはもう華子の中で決定事項のようだ。シスター柳に断られることなんて考えてなくて、自信しかない。
「華子はどうしてそんなに魔女倶楽部に詳しいの?」
「ママがここの卒業生なのよ」
「そうなんだ」
創立100年を越えるこの女学院では、親子で通う生徒も少なくない。華子もその一人らしい。
「お母さんも魔女倶楽部だったの?」
「そう。だから中学は絶対この女学院に入って、魔女倶楽部に入るのが夢だったのに……廃部になってるなんて!」
華子が大げさに嘆く。華子にとってこの女学院に入学することと魔女倶楽部に入ることは同じ意味を持っているのだろう。
「また作ればいいじゃない」
「そうよ、五十鈴。また作ればいいの。アタシたちの手によって!」
華子が手を差し出す。その手をとればもう後戻りはできない気がした。それでも五十鈴はその手を取る以外の選択を知らない。
だって華子の目は真っ直ぐに五十鈴を見て、捉えて離さないから。
友達で、仲間で、そんな関係に華子となれるのならば、差し出された手を握り返す以外ない。
差し出された手を握り返せば、満開の花のような笑顔が目の前に咲いた。
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