少し遅れた転校生

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少し遅れた転校生

 駅からなだらかな登り道を上がったところに、聖ジョアン女学院はある。中高一貫のカトリック系女子校で、赤い煉瓦の門に、赤いチェックのスカートを履いた少女たちがかしましく吸い込まれていく。 「ごきげんよう」  と挨拶を交わして、砂糖菓子のようなローティーンエイジャーたちは迷うことなく赤い煉瓦で作られた校舎へと向かっていく。たくさんの少女の黒髪と赤いチェックのスカートの洪水が朝の学び舎の風物詩となっていた。  外の苦さもつらさも知らない甘い匂いしかしない少女たちは、迷うことなく自分の教室へ向かい、そして席について授業の開始を待つのだ。  清宮五十鈴もその一人だった。  周りと同じように長い髪をおさげにし、揺らしながら校舎へ入っていく。下駄箱には真新しい上靴。まだ堅い革靴を脱いで上履きを履き、少し長いスカートを翻していく。  4階にある中学一年生の教室へ向かい、開け放たれたドアをくぐる。 「ごきげんよう」  そう挨拶をすると、見知った顔がぱらぱらと挨拶を返してくる。この女学院では朝から夕方まで挨拶は「ごきげんよう」で統一されていた。教師に廊下で会ったときも、上級生に会ったときも、その言葉を言えばいいのだから簡単だと五十鈴は思っていた。  席について、鞄を机の横にひっかけると、五十鈴は目の前の席を見た。  この女学院に五十鈴たち一年生が入学して一週間が経った。入学式には散り始めていた桜はもうすっかり葉桜になっている。  その間、前の席の持ち主は一度も現れていない。  担任によると、親の仕事の都合で引っ越しが遅れてしまったようだ。五十鈴の後ろの席の子は、さらにその後ろの子と仲良くなってしまい、左右の子たちもそれぞれ同じ小学校から来た子や、隣の子と仲良くしている。  五十鈴のいた小学校からこの女学院に進学したのは五十鈴一人だ。  知り合いのいないなか、友達作りのスタートダッシュの遅れをとってしまった。これから六年間この女学院にいるのだ。最初の友達は大事に決まっている。だから、目の前の席の子が来るのを楽しみにしていたのだ。 「清宮さん」 「は、はい!」  隣の席の子が突然話しかけてきた。ビックリして声がうわずってしまったが、変に思われなかっただろうか。そう五十鈴がとぎまぎしていると、相手は特に気にせず、話を続けた。 「清宮さん、部活なにするの?」 「まだ決めてないの。上野さんは?」  ちらりと名札を見ながらそう答えると、はじけるような笑顔が返ってきた。 「あたし、テニス!」 「テニス……」 「まだ部員募集してるし、先輩も新入生いっぱい欲しいみたいだから、気が向いたら、ね」 「うん」  入学から一週間経って、クラスに慣れ、学校に慣れ、友達がじわじわとできはじめたら、次は部活の話になる。今まさに五十鈴のクラスはどの部活に入るかという話題がひしめき合っている。  テニスは悪くない。ミニスカートは可愛いし、球を打ち返す姿はかっこいい。だが、五十鈴自身運動がそんなに好きかと言われると微妙なところだ。体育の成績は悪くないが、部活まで運動部に入るほど運動が好きなわけではない。  だったら文化部といってもたくさんある中からなにを選べばいいのかわからなくなっていた。  チャイムが鳴る。  担任のシスターが入ってきて、級長が「起立、礼、着席」と号令をかける。いつもの光景の中に、今日は特別なものが紛れ込んでいた。  年老いたシスターが秘密の呪文を言うように、ささやく。 「今日は、このクラスが完璧になる日ですよ。一週間遅れてクラスメイトがやってきました」  わあっとさざ波のようにクラスが沸き立つ。いつもはすぐに叱責するシスターも今日はなにも言わない。 「全員揃う日を私も待ち望んでいました。さぁ、紹介しましょう。入ってらっしゃい」  シスターがそう言うと、栗毛色の髪をふわふわと揺らした少女が入ってきた。ピンと背筋を伸ばし、胸を張って歩く姿は自信に溢れている。 「自己紹介をして頂戴」 「はい。神崎華子です。父の仕事の関係でイギリスにいました。そのため遅れての入学となりました」  淀みなく話す姿に、クラス中が圧倒される。それでも必死にあらがうように、一人の女子が声を上げた。 「神崎さんは入る部活決めましたか?」  その声に、華子が鷹揚に頷く。 「ええ。魔女倶楽部に」  魔女倶楽部。  その言葉に、教室に女子のさわさわという声が広がる。 「まじょくらぶって」 「なにそれ」 「しらない」 「そんなのあったっけ」  それまで親愛を持って転校生を見ていた女子たちの視線が、異端のものを見る目に変わる。だが、華子はそれを全身に受けても怯むことなく、胸を張ったまま自分の言葉に自信を持っていた。 「魔女倶楽部は数年前に廃部になったと聞きました。ないなら作るまでです。興味がある人はアタシまで」  そう言って、自己紹介はもう終わりとばかりに、華子は口を噤んだ。シスターはクラスの雰囲気に気付いていながらも無視するように、話を進めた。 「懐かしいわね、魔女倶楽部。神崎さんの席はそこの空いている席よ」 「はい」 「それでは出席をとりますね」  シスターが一人ずつ名前を呼ぶ中、華子が五十鈴の前の席に座る。座る瞬間、意志の強い目がこちらを見た。 「よろしくね」 「う、うん」  隣でも前でもなく、華子は後ろの席にいる五十鈴をまっすぐ見てそう言った。
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