夜明け

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夜明け

「アキレイ!! アキレイいつまで寝てんの!? 今日土曜日よ、バイトは!?」 「んー……もう辞めたって言ったー」 「え? ああ、そうだったそうだった。じゃあお母さん出掛けてくるからゴミ捨てと部屋の掃除と洗濯ものお願いね」 「えぇー……」 「えぇ、じゃない。どうせ暇でしょ? あと今日天気が良さそうだったら布団干して……あ、お婆ちゃんから送られてきた段ボール、あれ片しておいて」 「……自分が休みの時はなにもしないくせに」 「いいからやる。じゃ、行ってきまーす」  すたすたと廊下を踏む音が、扉が開く音と同時に聞こえなくなる。  カーテンを閉め切った薄暗い自室で布団にくるまっていたアキレイは、それを聞き届けると毛布の中で寝返りを打った。1年弱続けた弁当の配達のバイトは平日3回と土曜の早朝出勤は固定されていたため、土曜日の朝をゆっくり過ごすことは滅多にできなかった。だが先月バイトを辞めた自分にはもうそんなことは関係ないため、遅起きするには丁度いい5月の気温を布団の中で堪能する。だが目が覚めてしまったのか瞼を閉じても眠気はやってこない。 二度寝を諦め、枕元で充電していたスマホに手を伸ばし、長い前髪をかきあげて表示された時計を確認した。『8:15』の文字を見て、ひとつ大きなため息を吐く。そして意を決して、首下まであった温もりを手放した。  軽く身支度を整えてから小走りで収集所までゴミを捨てに行き、靴を脱いだ後は家中のカーテンを開けていく。5月のまだ涼し気な風がリビングに充満していく最中、コップに麦茶を注ぎ、バターを塗ったトースターにかぶりつきながら、どんよりとした重たい雲が空を覆う窓の外を眺めていた。 (この天気じゃあ布団は干せんわな)  午後には晴れるのだろうかとテレビをつけると、ニュースキャスターが芸能人の訃報を告げている。アキレイはテレビに映る親族や関係者のお悔やみの声を聞きながら、画面左上に映る天気予報に自分の地域が映るのを待った。 『主人は仕事真面目な人でしたが、家にいるときは人を笑わせるのが大好きな人で、よく子供たちとゲームをして遊んでいました。最近特に変わった様子もなかったですし、“いつもどおり”だったと思います。本当にどうして自殺してしまったのか……なにか私が気づいてあげられることがあったら_____』  天気予報が映るより前に、テレビが真っ黒になる。アキレイは持っていたリモコンから手を離し、食べかけのトースターをほったらかして机に突っ伏した。肘で突いてしまったコップが倒れて冷たい麦茶がこぼれ、みるみる机の上に広がっていく。裾が濡れて茶色のシミがつき、肌にピタリと張り付いた。その裾をつまんで張り付いた布を肌から剝がそうとするも、表面張力のような力のせいなのか、離すと磁石のようにすぐに元通り張り付いてしまう。彼女は俯いた顔を少し浮かせて机の惨状を一瞥してから、再び机の木目とのにらめっこを再開した。
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