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「日本人」最後の花嫁
世紀末の足音が聴こえ始めた、四月の札幌。
教会の茜色の屋根に、雪がハラハラ落ちてきた。
北海道開拓が始まった頃に建立された教会は、三百年近い歴史を誇る。何度か修繕し建て直したが、茜色の屋根は往時のままだ。
三か月前、多くの気象予報会社がこの日の降雪を発表した。一般市民も有識者も「あり得ない」と笑い飛ばす。気象を専門としない科学コメンテーターは、過去の気象データを持ち出し、予報コンピューターの限界をもっともらしくあげつらった。
無理もない。四月の札幌で雪など、この世紀、誰も見たことがないのだから。
道歩く人々は、腕を伸ばして手を空にかざす。儚い氷の結晶が指先で融ける──初めて知る感触。この感触を誰かと共有したくて、脳内チャンネルを開放する者もいる。
見上げれば軽やかな雪の中、高さ五メートルの位置で、直径十センチほどの白い円盤型のカメラが十台ほどひしめき合い、羽をばたつかせフワフワ漂っている。
カメラは、教会の前で待っていた。これから結婚式を挙げる新郎新婦を。
小型カメラが空中でホバリングをしていると、カメラを何十倍にも拡大したようなエアカーが西の空から現れ降下してきた。
新郎新婦の車に違いない。
(うそ! ここに停まるの? 勘弁してよ~)
地上でカメラを操る人々は、空で車に当てられてはたまらないと、焦りつつ慎重に動かした。
途端、白い円盤の群れは四方八方に去り、またホバリングを続ける。まるで、クモの子を散らすよう。
四人乗りのエアカーは、先ほどのカメラたちの待機場所を悠然として占領し、巨大なプロペラを回して空に停止した。この場を支配する王者が君臨する。
空のカメラのレンズは、エアカーの窓越しに、俯き加減の新婦の顔を映し出す。
新婦と呼ぶには幼い姿が、日本語マニア向けチャンネルに配信された。
エアカーの真下では、教会から出てきたスタッフらが、工事用の柵をガシャガシャと並べ、歩道を遮った。
「取材の皆さん、ここから先は入らないでください」
歩道を埋め尽くすカメラマンやレポーターを捌きながらスタッフは
(何でわざわざ、新郎新婦の車、敷地の外で停止するんだ?)
(教会の敷地は広いから、エアカーだって着地できるのに)
(おかげでマスコミ対応の仕事が増えたじゃないか!)
と、彼らだけに開放された脳内チャンネルで慰めあう。
裾の長い小豆色のローブを着たレポーターは両腕を広げ、浮遊するカメラに向かって興奮気味に実況する。
「雪の中、たった今、新郎新婦を乗せた車が到着しました。おお、すごいです!」
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