84 鈴木一家

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 鈴木夫妻は、チャンとひみこの共通語の会話を理解していた。  二人も、ひみこが持っているのと同じ腕時計の「タマ」を身に着け通訳に使っていたが、ひみこの「タマ」と同じタイミングでフリーズしてしまう。  娘と同じスキンデバイスを掌に貼り付け、外耳に小さなスピーカーを埋め込まれた。これらのアプリで彼らは外の人間と意思疎通を図った。  ツクヨミはまだ幼いのでシステムを使えず、両親と日本語で話すだけだ。 「私はチップが着けられない。だからプレゼンコンテストを頑張っても優勝できなかった。でも、私の話を聞く人はたくさんいます。ウシャスがない人間でもわかるよう、ちゃんと教えてくれればできます」 「でもねえ、それには予算いるでしょ? これ以上、保護費を使うのはねえ……」 「勉強を教えてくれれば働けるし、保護費なんかいらなくなる。私は、この子、ツクヨミを学校に行かせる。日本語族だって勉強すれば、普通の日本人になれるんだ!」  ひみこは、すり寄ってきた弟の頭を撫でながら、両親に怒りをぶつける。 「父ちゃんと母ちゃんだって、学校に行って外に出られれば、他の人と結婚できたんだよ! 悔しくないの?」  が、太郎と花子はキョトンとして顔を見合わせる。 「別に他の人なんてねえ……」 「はは、仕方ねーよなー……俺たちどーせ、外、行ったって……」  娘の頭に疑問が湧いた。なぜ親たちがヘラヘラ笑っているのか理解できない。  この人たちは仕方なしに結婚したんだよね? この国のせいでもっといい人と結婚できる可能性が奪われたのに、人生を台無しにされたのに、怒りはないのだろうか?  理解できない親のことは、とりあえず置いておこう。しかし、弟の人生は台無しにしてはならない。 「ツクヨミ、学校にはね、姉ちゃんよりずっと可愛い女の子がいっぱいいるんだよ。ツクヨミのお嫁さんにも会えるよ」  うん。それが大事なんだと、学校に行けなかったひみこは痛感する。 「やだあ。ねーちゃん、およめさんなの」  弟も納得してくれないが、それは今のうちのこと。本当に学校に行くようになれば、十四歳も離れた年増の姉なんか、どーでもよくなる。 「お願いします! ツクヨミを学校に行かせてください! 私も弟も、ちゃんと仕事をしたい。保護費を無駄遣いしてるって、バカにされたくありません」  ──絶滅危惧種として一方的に保護されるのではなく、普通の日本人でありたい。この小さな弟と共に、最後世代の日本語族として、堂々と生きたい。
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