25人が本棚に入れています
本棚に追加
ひみこは、フリーズした。
嫁? 三倍返し? ポンコツ?
AIのシフにはしつこいほど言ったけど、なぜ、現実のシフが知っている!?
「タマあああああ!」
ひみこは、腕時計に絶叫した。猫に姉弟婚を押し付けられた時よりももっと大きな怒声が、会議室に響き渡る。怒声に反応したのか、空中に、リアルな猫の顔がポンと現れた。
慣れた手つきで空中ディスプレイを操作する娘に、二親は感心する。
「これがタマなの? 随分偉そうになっちゃって」
「ひみこ、お前すごいことやってるな」
が、今のひみこには、親の尊敬の眼差しに気がつく余裕はない。
「あたしがさっき、シフのAIにしゃべっていたの……まさか送ったりしてないよね?」
「メッセージに答えたんだから、送るのは当たり前にゃ。途中から、本物のカンが、答えてるにゃ」
・・・・・・・・・・・・嫁、三倍返し、ポンコツ、それだけではない。
ひみこは調子に乗って、何度もキスを繰り返した……AIではない本物の男性に。
「うっきゃああああ、ポンコツAI! 空気読め!」
ひみこには理解できない。あのシフが本物なんて嘘だ。コンテストで会った彼は、ひみこを気遣い、聴衆にひみこの状況を訴え、ひみこが日本語でプレゼンできるよう設定してくれた。
なのに先ほど話したシフは、数秒遅れて一言返すのが精いっぱい。タマ以上にポンコツだった。あのシフが本当の人間なんてありえない。
心あらずの姉に、小さな弟がしがみ付いてきた。
「ねーちゃん、じゃんけーん」
「ごめん、今それどころじゃないんだ」
初めて会う弟に、ひみこは非情な宣言を下す。
「チャンさん、私、会いません! 絶対に会いません!」
「そんな~。彼、貯金使い果たしてスーパーメトロに乗って、移動中なんだよ。少しでいいから会ってあげなよ」
「無理! ムリむりムリむりムリ!!」
ひみこは、金持ちの年寄りと婚約し、最悪な形で反故にしただけではない。
三年前、一言二言話しただけの男の人を、ポンコツ呼ばわりし、何度もキスをした……モニターの推しにキスするのとは訳が違う。これは……変態女そのものではないか!
一体彼は、何のために札幌に来る? プレゼント? 彼にチョコレートの一つもあげてないのに、何を三十倍に返すつもりなんだろう?
わからない。理解できない。『大人の常識』があればわかるのだろうか?
「もう、東京に帰ろうよお!」
まだ大人になり切れない若い女は、床に沈みまた泣き出した。
最初のコメントを投稿しよう!